能ある狼は牙を隠す
それだけです、と手を合わせて踵を返す。
「羊ちゃん」
背中から呼び止められて振り返ると、狼谷くんは至極真面目な顔で続けた。
「俺、今週理科室の掃除当番だから先に図書室行ってて」
うん、彼は何一つおかしなことは言っていない。
分かってる。分かってるけど……
「羊ちゃん?」
返事のない私に、狼谷くんは訝しげに眉根を寄せる。
何だろう。最近狼谷くんが可愛く見えてきた。
噂であんなに凶暴だって言われているのに、掃除当番を真面目にこなすのがちぐはぐすぎる。
不真面目になりきれないヤンキーみたいで、何だか微笑ましい。
「うん、分かったよ」
「何で笑ってんの」
「……笑ってないよ?」
嘘つき、と不服そうにしながらも、狼谷くんはその後少しだけ口角を上げてみせた。
「あとでね」
「うん。今日もよろしくお願いします」
「……先生、は?」
「あ、よろしくお願いします、狼谷先生」
どういうわけか、狼谷くんはこの間から「先生」と呼ばれるのにハマったみたいだ。
「従順すぎるよ、羊ちゃん」
彼はそう笑うけれど、楽しそうだから良しとする。