恋と、キスと、煙草の香り。
「……き…………環っ!」

颯さんの声で私は我にかえる。

「どうしたんだい環、ぼーっとして。珍しいね」

彼はいつもの笑顔で微笑む。

「ごめんなさい、ちょっと仕事のことを考えてたわ」

私は紅茶のカップを手に取り、口に含む。
今日は颯さんとショッピングをしたあと、カフェで休憩をしている最中だった。
二人で過ごす久しぶりの休日だった。

「僕とのデートの最中なんだから、仕事のことは忘れちゃおうよ。でもそんな真面目なところも、環の良いところなんだけれど」

「颯さんったら」

颯さんは優しい。

私が寝坊して待ち合わせに30分以上遅れてきても、
私の不注意で、颯さんの大事なものを壊してしまったときも、
我が儘を言っても、
”いいよ”といって、笑って許してくれる。

私が何をしても颯さんは一切怒らない。

もっと我が儘を言ってくれたらいいのに。
喧嘩したときだって、大事なものを壊してしまったときだって、もっと言い返して怒って責めたらいいのに。

私は未だに、颯さんが何を考えているかわからない。

この婚約だって、颯さんのお父様と私の父が決めたものだ。
颯さんは、この婚約をどう思っているのだろうか。
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