恋と、キスと、煙草の香り。
その日の夜、私は颯さんの家に来ていた。
大きく深呼吸をしてから、マンションの入り口で部屋番号を押して呼び出しボタンを押す。
するとすぐに応答があった。
『はい』
いつもの颯さんの声だった。
「環です」
自分の名前を口にするだけなのに、少し声が震えた。
『環?珍しいね。今開けるね!』
私だとわかると颯さんの声はワントーン上がり、すぐに入り口のドアを開けてくれた。
ドアが開くと私はマンションに足を踏み入れる。
颯さんの部屋はマンションの最上階。
2001号室の前で足を止め、インターフォンを押そうと手を伸ばした瞬間、ドアが開く。
「環、いらっしゃい」
白シャツにネクタイ、黒のパンツを履いた颯さんが笑顔で顔を出す。
仕事から帰ってきたばかりのようだった。
「…ごめんなさい、突然来て」
私はそんな彼から目を逸らし、うつむきながらそう言う。
「全然いいんだよ。だって環は僕の婚約者なんだから。ほら、入って」
笑顔でそう言う颯さんに私は何も言わず、ハイヒールを脱いでリビングに入る。
相変わらず整った綺麗な部屋だった。