恋と、キスと、煙草の香り。
「どうして」

颯さんが沈黙を破る。

「どうして婚約を解消したいの」

いつにもない低い声だった。

「…好きな人が、できたの」

私は正直に打ち明ける。

「お父さんとお母さんの言う通りにしたら、必ず幸せになれるって信じてた。颯さんと出会って、結婚して、子供を産んだら、幸せになれる…そう思ってた。でもっ…彼に出会って私は気づいたの。私は…誰かを好きになることがこんなに素敵な気持ちだって。だから…っ…」

「もういい」

彼の冷たい私の心を引き裂くような声に、私は思わず身をすくめる。

当たり前だ。
結婚目前だった婚約者に好きな人ができたなんて打ち明けられたら、私だって同じ反応をするだろう。

「お詫びは私のできることなら何でもします。だからお父さんをクビにすることだけは…」

それ相当のリスクを背負ってこの場にいる。
都合の良いことを言っているのはわかっている。
でもこの人なら分かってくれるんじゃないかと考えている自分がいた。

でもそれは、甘い考えだったことを思い知らされた。
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