恋と、キスと、煙草の香り。
「職を失って、父親がクビにされて、自分の家族が路頭に迷うリスクを背負ってまで、環はその男と一緒になりたいの?」

颯さんの言う通りだ。

私が新を選べば、仕事も次期社長婦人の座も、贅沢な暮らしも何もかも失う。
これから先、婚約解消をした父親に責められて家を追い出され、仕事を探しながら貯金を切り崩し生活をしていかなければならないのも目に見えている。

それでも…それでも私は…新と一緒になりたい。

「はい」

私の気持ちに迷いはなかった。
もう全てを棄てる覚悟は出来ていた。

「全て覚悟の上で言っています。お願いします。婚約を解消してください」

私は颯さんの背中にもう一度頭を下げる。

再び沈黙が続く。
長丁場になるのは覚悟の上だった。

しかし、彼は思ったよりも早くこう返事をした。

「いいよ。婚約解消しても。有野常務もクビにしない」

思わぬ返事に、私は拍子抜けする。

「え、本当に…」

私は顔を上げると、颯さんはゆっくりとこちらへ振り向いた。
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