恋と、キスと、煙草の香り。

『あの…っ!』

思いがけず、女から呼び止められる。
だが俺は振り返らずに歩き続ける。

『助けていただいて、ありがとうございました!』

…なんでお礼なんかいうんだよ。
お礼なんて言われる筋合いなんてない。
これは全部仕組まれたこと。

お前の婚約者が仕組んだことだぞ?
そう叫びたくなったが、やめる。

『何かお礼させてください!』

俺は思わず足を止める。

なにも知らない馬鹿な女。
そういえば、世間知らずな箱入り娘だって言ってたっけな。
純粋で無知な女。
そんなんだから、あんなクズ男に騙されて捨てられるんだよ。

俺は女のほうへ振り向く。
震えて目に涙をためながら、俺のほうを見ている。

『珈琲駄目にしちゃったから、もっと美味しい珈琲ご馳走します!』

女がそう言うと、俺は女の方へとずかずかと歩いていき、顔を近づける。
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