恋と、キスと、煙草の香り。
『お巡りさん、こっちです!』

そんな透き通った声があたりに響く。
その声を聞いた瞬間、俺の中で一瞬だけ時間が止まったように感じた。

すると殴っていた男は手を止め、舌打ちをして走ってコンビニの向こう側へと消えていった。

『大丈夫、ですか?』

女は俺にそう声をかけ、手を伸ばす。
その手は少し震えていた。

『…なんで助けたんだよ』

俺は女の手を振り払い、自ら起き上がる。

『この前、私のことを助けてくれたから』

ちゃんと俺のこと、覚えていたんだな。

『巻き込まれる可能性を考えなかったのかよ』

この前のように絡まれる可能性は十分にあったはずだ。
この前はあんなに泣いて震えていたのに自分から危険な目にあうなんて、馬鹿な女。

『本当ね。全く考えてなかったわ』

そう言って女は笑う。
笑った顔をみて、俺は思わず目を逸らす。
俺が彼女にドキドキしているのをバレたくなんてなかったからだ。

『…馬鹿な女』

俺がそう言っても彼女は笑っていた。
大袈裟かもしれないが、まるで華がそこに咲いたようだった。
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