プワソンダヴリル〜甘い嘘は愛する君だけに〜
「え、蜜香!?」
「…へ?」
驚いたような峻くんの声に、初めて自分の頬を温かい涙が伝っていることに気付いた。

「あれ、ごめん…なんでだろ…」
慌てて花束を片手で抱え直して空いた片方の手で涙を拭おうとしたけれど、それよりも先に私の頬に触れたのは峻くんの指先だった。

「ごめん、寂しい思いさせてたよな」
「…っ」
「とりあえず中、入ろっか」
「っ、うん…」

なんだかさっきまでいろいろ考えていたこととか、久しぶりに直接触れた峻くんの体温とか…もう頭の中がごちゃこちゃになって、止めようとする意志とは正反対に次々と涙が溢れてくる。


――それから私の涙が止まるまで、峻くんは黙ってゆっくりと背中を撫でてくれた。

「…ふぅ、ごめんね。もう大丈夫」
「そう?ならよかった…」
背中に触れていた手のひらが頭上に移動して、ぽんぽんと優しく私の頭を撫でる。

「どっかに使ってなかった花瓶とかあったっけ」
優しい瞳で私が落ち着いたことを確認した峻くんが、考える素振りをしながらソファから立ち上がった。

「あ、小さい花瓶ならあそこの引き出しに…」
「あ、ほんとだ。さすが蜜香」

記憶を手繰り寄せて指さした方に足を向けた峻くんが、引き出しを開けて私の思い描いていたそれを見つけてこちらに掲げて見せる。

キッチンで花瓶に水を入れて戻ってきた峻くんがテーブルに置いていた薔薇の花束の中から一輪だけ取り出し、それを中に挿した。

「これ、水替えてくれたりした?」
「あ、うん。ちょうどさっき気が付いて…」
「ありがと、ごめんなほったらかしてて」

さっき私がしたみたいに峻くんがそっと枯れかけた花に触れて、話しかけるように呟いた。
それから生けたばかりの薔薇の花を入れた花瓶をそっとその隣に置いた。
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