あなたがすきなアップルパイ
甘くて小さな宝石箱
prologue.Anna
都内に小さなお店を構える洋菓子店。
童話に出てくるようなクリーム色の壁のこじんまりとした小屋には、子供達が憧れた甘い夢がたくさん詰まっている。
ラズベリーの屋根の下、木製のドアを叩いて小さなベルの音を鳴らせば、ふわりととろけるように甘い香りが漂う。
ショーウィンドウにはキラキラした甘い宝石達がたくさん詰まっている。
どれも色とりどりの輝きと芳しい香りを纏い、透明な箱の中で優美に着飾られている。
まるで小さなお姫様のようなピンクのワンピースを纏った女の子が、目の前にある宝石箱を眺めながら、くりくりとした大粒の瞳を瞬かせている。女の子の瞳にもやがてキラキラとした色が灯り始めて、ふっくらとしたほっぺはりんごのように完熟している。
小さなお姫様はその瞳を隣でその子の手を握る母親に寄越して、今日のドレスにどんな宝石をつけるかを決めたとばかりに溌溂とした声を上げた。
「お母さん! これがいい!」
数ある宝石達を前にはしゃいでいる女の子がそう言えば、宝石のように輝く洋菓子を詰め込んだショーウィンドウを挟んで、白いお店の制服を着た召使いがその望み通りに従う。
「はい。こちらの季節のフルーツを使用したショートケーキですね」
にこりとこの店のパティシエである彼女が微笑んだら、女の子も続けて愛くるしい笑顔で頷いてくれる。それはさながら長い物語の中で、憧れの王子様を待ち焦がれたお姫様のようであった。
都心部の中心から少し外れにある小さな洋菓子店『Anna』のパティシエールになって、莉子はもう四年が経つ。ここで働いて、莉子も気づけばもう25歳になる。
専門学校を卒業して、ここに就職してからは毎日殆どお菓子のことばかり考えてきた。
もともとお菓子作りが得意だった莉子だが、自分が作るお菓子を喜んで食べてくれるお客様ができて、パティシエという自分の仕事をとても誇りに感じていた。
この女の子のように、自分の前でお菓子を喜んで買ってくれるお客様のことを想うと、お菓子を作ることがもっと大好きになっていた。
だからここ洋菓子店『Anna』でパティシエールとして働けることは、莉子にとってとても恵まれたことだった。
パティシエとはまさに自分の天職であると、莉子は常々思っていた。
それに、今の恋人と出逢ったのも、莉子が働くこのお店であった。
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