あなたがすきなアップルパイ
「彼とは最近どうなの?」
ピークを過ぎて客足も一旦途絶えたお店のカウンターで、莉子の隣にいる同僚がそんなことを漏らした。
莉子がそちらを向くと、同僚が茶化すように小指をちょんと突き立てて。
心配されているのか、探られているのか、莉子はつい疑ってしまう。
「付き合ってだいぶ経つんだし、そろそろじゃない?」
「どうだろ……」
彼とは出逢ってから、二年になる。
喧嘩もなく、夜にマンションのリビングで隣に並んでお店の甘いお菓子達を摘むくらい彼との関係は問題なく順調だ。
けれど、まだそういう話はない。
「下世話だけど、ちゃんと愛は育んでるんでしょうね?」
「えへへ……おかげさまで」
男女の営みも特に問題はなく。
お互いに仕事もしているので、二人きりになれる夜の時間はとても大事にしている。寝る前くらい大好きな人のそばにくっついていたい。
この夜ももっと長く続けばいいのにと、童話のお姫様のように遠い月に願いながら彼と短い夜を過ごす。
莉子も、結婚という言葉に憧れがないわけではなかった。
結婚するという同僚のキラキラした笑顔に、莉子も複雑な想いを懐く。
どんなにとろけるお菓子より、女の子を輝かせる魔法。
莉子は、まぶたの裏に昔想い描いた夢を思い出す。
小学校の授業の発表会で、『将来の夢』というテーマで、みんなの前で発表した夢。
"将来の夢は、お嫁さんになることです!"
今の仕事を選ぶ前に、ずっと昔に憧れた夢。
子供ながら『誰かのお嫁さんになる』という『お姫様』への憧れがあった。
専門学校を卒業して就職してからは、そういう出逢いには一切恵まれなくなった。毎日仕事のことをアレコレ考えて、自分の時間がなかったのかもしれない。
この仕事が大好きで、充実していたので、莉子もしばらくそういった縁からは離れていた。
しかし、今の莉子には素敵な恋人がいる。
この洋菓子店で働いてから、あんなに自分には勿体無い素敵な人ができるとは思いもしなかった。
そして、彼なら。
自分の憧れを叶えてくれるかもしれない。なんて。
莉子の胸には、小さな願いが実り始めていた。