あなたがすきなアップルパイ
04.恋人達の甘い時間もいいけれど……
本日も目まぐるしいパティシエールの一日を終えて、莉子は大好きな恋人と暮らす愛の巣窟に帰ってくる。
彼の大好きなアップルパイを包んだお店の箱を持ち帰った莉子は、暖色の明かりを灯したリビングで、ひっそりと寝息を立てる愛しい人の姿を見つけた。
眠っている。きっと仕事が忙しいのだろうと、莉子は物音を立てないよう細心の注意を払って眠るその人のそばに近づいた。
眠り姫ならぬ、眠りながらお姫様の帰りを待つ王子様。愛おしいその人の顔をうっとりと眺めながら、そんな浮かれたことを考えた。
ずっとこうしていられるくらい、自分はこの人のことを深く愛しているんだと感じる。それを再確認した。
こんなに人は人を愛せるものなんだと知った。彼がそれを教えてくれた。
運命の王子様。
この人のためなら、莉子は毒りんごにだって齧りつく。窮屈なガラスの靴だって履いてみせる。
どうか、彼に見合うお姫様でありたい。
「新さん、好き」
「知ってるよ」
「ふあああっ!」
すっかり寝ていると思っていた彼が起きていたと知って、自分が無意識に口走ってしまった言葉を思い出してカアアッと顔が赤くなる。
彼の涼しい切れ長の目とぱちりと目が合って、莉子の内面の動揺はみるみる顔に出る。
「おお、起きてた!?」
「だったら?」
「いじわる」
むくれてしまった恋人に機嫌を直してもらうように、新谷は自分を見上げる仔犬を宥めるようによしよしと彼女の頭を撫でる。
今日も早く新谷に会いたくて、仕事が終わると走って帰ってきたのだろう。そんな情景を思い浮かべて、グチャグチャな彼女の髪を指に絡めて整えてあげる。
「嫌いになった?」
「……ううん。大好き」
素っ気なくて、いじわるな莉子の王子様。
たまにはそんな王子様との甘い恋物語があってもいい。
あっさりと機嫌を直してくれた仔犬に、新谷も気を許した恋人にだけ見せる特別な笑顔で応じる。
今日も彼のために持って帰ってきたお店の箱を、新谷は彼女の手からテーブルにそっと置いた。
それから莉子の瞳を見つめて、耳元で囁く王子様の言葉は次の新しい物語を紡いでいく。
「忘れてた。おかえり」
いつもより深く重ねたおかえりのキス。何度も繰り返す。
疲れきった頭は、とろけそうになる。
ずっと、こうして、彼と愛を紡いでいきたい。
けれど、莉子は、彼のお姫様になれるのだろうか?
彼の、お姫様になりたい。
その想いが、莉子の中で膨らんでいく。