あなたがすきなアップルパイ
「新さんは、どうして私のことを好きになってくれたの?」
彼の腕に身体を持ち上げられて、連れて来られた寝室。
莉子と二人で暮らすために買い替えたダブルベッドに、二人の身体を深く沈み込ませる。二人分の重みに、僅かにベッドが軋む。
リビングのソファーの上で彼に身ぐるみを乱されたままそこに押し倒される莉子は、本番を前に自身の着衣を寝室の床に脱ぎ捨てる新谷を見つめてそんなことを問いかける。
貪欲にその娘の身体を求め、莉子の上に覆い被さる新谷は、その目の奥に彼女が今までにない不安の色を抱いていることに気づく。
少し前まであの部屋で新谷からの猛烈なアプローチに頬を染めながらも、いつものように甘い声で応えてくれていたのに、莉子の些細な気持ちの変化に新谷は首を捻る。
「どうしたんだ、突然」
「なんとなく」
「まあ、人を品定めするような会社の女達より、お菓子を一所懸命に作っている莉子の方が可愛いと思うよ」
会社に男を求めて遊びに来ているような女達より、アップルパイひとつのために夜遅くまであの店で店番をしている小さな洋菓子店の店員の方が、可愛いに決まっている。
自分にお店のお菓子を詰めた白い箱を両手に差し出す莉子の姿が、新谷にはとても魅力的な女性に映っていた。多分、一目彼女を見た時から。
そんなまともな返事が返ってくるとは思わなかったから、莉子はつい照れてしまった。
しかし、照れた顔を彼から隠そうにも、彼とベッドの上ではどこにも逃げられそうにない。
今もいじわるな王子様は、枕に頭を埋める莉子のその表情を目の当たりにして、暗がりの中でお互いを見つめ合う涼しげな目には普段の余裕もなく莉子に欲情して、理性よりも欲望のままに押し倒した彼女の身体に熱を帯びた舌を這わせる。
首筋を這う濡れた舌の独特な感触に、莉子の意識も次第に暗闇の中でぼやけでいく。
莉子は、彼のことが大好きだ。
きっと彼も、自分と同じくらい莉子のことを愛してくれている。
しかし、彼は莉子の王子様であるのか。
莉子は、本当に彼のお姫様なのだろうか?
「……じゃあ、ずっと新さんのために、アップルパイ作ってあげようか?」
莉子は、彼のお姫様になりたかった。