あなたがすきなアップルパイ
私にしかできない夢がある――――。
そう言っていた御堂の言葉を耳に入れた莉子は、まるで魔法にかけられたようにいつの日かこの胸に描いた小さな希望を大きく膨らませる。
今の仕事を見つけてから、恋愛やお姫様に憧れることよりも、ここで出会う十人十色のお客様に甘く心を満たす小さな幸せを届けることに莉子は夢中になっていた。
『Anna』の白い箱を手にしてお店を後にしていくお客様が笑顔になる度に、莉子はこれが自分にできる魔法なんだと誇らしく感じるのだ。
街に溢れるキラキラした女の子達の中で、自分が一番輝けられる舞台。
夢が膨らむほど甘くとろけるお菓子を作ることが、昔の憧れより今の莉子の心をずっと満たしてくれていた。
「今度の春の新作の企画、莉子ちゃんの案も通すつもりだから、まだまだ『Anna』で働いてもらわないと困るわね」
「えっ、あの、私の案が採用されたんですか……!?」
雑談の終盤に軽快な足取りでバックヤードに戻りかける御堂がふと漏らした小言に、莉子は慌ててその反応を返した。
莉子を振り返る御堂が口元に軽く人差し指を立てて口止めを促すが、莉子の顔色は見る間に桜が綻んだように高揚している。
いつか新谷にもアドバイスをもらって試行錯誤してアイディアに起こした春の新作の案が、起用されると知って莉子は予想よりもずっと舞い上がってしまった。
そんなすっかり浮かれた調子の莉子を目の当たりにして、はいはいと軽く宥める御堂はそうしながら今後に向けた激励を莉子に送ってくれた。
新谷にも報告すれば、きっと自分のように喜んでくれるだろう。完成したお菓子を食べて彼が喜んでくれることを想像して、莉子の胸はさらにときめきに踊り出す。
パティシエールの仕事は、莉子の心もまたふんわりとしたスポンジケーキのような幸せで満たしてくれるのだ。
だから、この素敵な仕事をこれからも続けていくために、新谷のことも今は焦らなくていいと思うようにした。
莉子はショーウィンドウの中に飾られた魅惑のお菓子に思わず目を奪われながら、昔の憧れへの気持ちに揺れる自分から目を逸らした。