あなたがすきなアップルパイ
06.この恋はホンモノだけど
ようやく客足が落ち着いた頃になると、店内の壁に掛けられたシンプルな文字盤の時計の針が、まもなくPM.8:00を告げようとしている。
来客の気配のない閑散とした店内で、ショーウィンドウに余る商品を上段に並べ替え、莉子は片手にトングをカチカチと鳴らしながらモノクロで味気ない文字盤と睨み合う。
今日の莉子のシフトは遅番ではないため、早く帰って新谷に夕食を用意してあげようと終業時間までうずうずと待ちきれない気持ちであった。
「莉子ちゃん。もう上がってくれていいわよ〜」
「はい! お疲れさまです!」
終業時間まで店番をする莉子に気を利かせてくれた御堂が厨房から顔を出してくれた。慌てて御堂に頭を下げて彼のお言葉に甘えることにした莉子は、軽い足取りでバックヤードに向かった。
ちょうどそこに店内のドアベルがチリンチリンとさえずり、来店があったことを告げる。
「あら、いらっしゃいませ〜。まあ、男前だこと」
バックヤードへ引き返えそうとして、お店の方にいる御堂からそんな黄色い声が上がった。余程彼の好みのお客さんが来店したのかと少し気になってしまったが、いつも家で待ちくたびれている恋人の姿を思い起こして帰りを急ぐ。
「もう店じまいなんで残ってる商品も少ないんですけど、どれになさいます? こちらとかオススメなんですけど」
「すみません、客ではなくて。こちらで働いている吉永莉子に用があるのですが」
お店の方に見向きもせず帰り支度を急いでいた莉子だが、自分の名前を口にしたその人の声に、すぐさま身体がそちらを振り返る。
「新さん!?」
お店の方を覗くと、お店のカウンターの前でこちらに気づいた彼は莉子に軽く手を振る。
帰社後に洋菓子店『Anna』に立ち寄った新谷の姿を見つけて、莉子は脱いだばかりの焦げ茶色のベレー帽を胸の前で握り締めていた。