あなたがすきなアップルパイ
駅前に新しくできた洋食店は開放的なオープンテラスがあり、ベーシックなフレンチのメニューから創作料理まで充実した料理を楽しめるお店である。
メインのフルコースを二人は楽しんだ後、久しぶりの恋人とのディナーデートに莉子はすっかり浮かれてお店オリジナルの甘いカクテルに酔いしれ、食後のデザートをどれにするかを吟味する新谷に思わず見蕩れてしまう。
じっくりとデザートの名前が書かれたページに目を通している姿も絵画のように様になる。こんなに素敵な人が、莉子の恋人であることが疑わしくも誇りに思う。
コーヒーもブラックで飲めない子供舌の弱点もあるが、莉子にはとても頼りになる王子様。
それにここは、デザートのメニューが豊富であるのも新谷にはポイントが高い。
「本当はここのデザートの味が気になって連れてきたんでしょう?」
「バレたか」
「ほんと、新ちゃんは甘い物に目がないんだから」
「莉子とデートしたかったのもほんとだよ」
今まで飲んでいたカクテルの味が、余計に甘く感じる。
臆面もなくそんな砂糖菓子のように甘い言葉を耳元に詰め込まれたら、莉子だってやはり照れてしまう。テラス席にあたる夜風に気を紛らわせようと、駅の改札の方面に消えていく人影を見つめた。
莉子が駅前の夜景に気を逸らしている間に、屋内にいる店員を新谷が呼んだ。莉子と二人分の注文を店員に伝えると彼も不意にそちらに目を向ける。
「仕事の方は順調か?」
少しの沈黙の後に、新谷から話題が挙がる。
それを耳に入れて莉子はテーブルに向かい合う新谷を振り向くと、恋人の目が温かく見守るように莉子を見つめていた。
不覚にも莉子は、彼の涼しげな目元に魅了されていたようで、頬を撫でた初冬の夜風に目を醒ましてそれから慌てて口から言葉を紡いだ。
「あ、そうだ。実はね、『Anna』で春に出す新作のお菓子の企画が通ったの!」
「ああ。莉子が徹夜して練っていたあれか」
「新さんがあの時アドバイスしてくれたおかげかも。試作品が完成したら新さんにも食べてもらいたいから、楽しみにしてて」
彼もきっと喜んでくれると思った。
春に暖かくなると『Anna』のショーウィンドウに莉子の考案した洋菓子が並ぶ光景を頭に思い描いて、今からうずうずしてしまう。
早く構成をこの手で形に生み出して、自分にしかできない特別な魔法をかけてあげたい。
今の莉子には、誰かを幸せにする役目がある。
それだけで、十分だ。
「……そうか。楽しみだな、それは」
彼は莉子の夢を詰め込んだ笑顔を見て、微笑んでくれる。
お姫様になれなくても、この幸せがあるなら莉子には十分だった。彼のお姫様になれなくても。自分の魔法で彼を幸せにできるなら。