あなたがすきなアップルパイ
お店を出て、近くのカフェに莉子は誘われた。ランチが美味しいと評判のカフェらしく、食後のデザートも充実している。
それを楽しみに取っておき、案内された席でおすすめのランチメニューを注文する。独身時代は仕事帰りに一人でよく食べに来たと、宍戸は語ってくれた。
「久しぶりだなあ。何もかも。ここのご飯も美味しいでしょ!」
楽しそうに語り出す宍戸を、莉子も微笑ましく見つめた。独身時代の充実した思い出に耽り終えると、すかさずお店で話題に出た話に戻る。
「莉子もゆくゆくはその彼氏と結婚するつもりなんでしょう? いつでも相談してね!」
「当分の間はないかな。実は、ドイツに彼が異動することになって、そんな話もあったけど、『Anna』に残ることにしたよ」
「そうだったの?」
宍戸は意外そうな顔をした。
それもそうだ。せっかくの婚期を逃すほど、莉子がこの仕事に誇りを持っているとは初耳だった。
「店長にもちょっと相談したんだ。店長は、迷わず恋人を選ぶって言ってたけど、それは自分の気持ちに正直でいいってアドバイスをくれたのかなって思ったの」
「まあ、それもアリかもね。いろんな考えがあっていいと思うし、妥協するより自分に正直なのが一番だよ」
莉子の考えには、宍戸も賛同してくれた。
結婚を選んだのも、それが彼女の本当の気持ちなんだろう。それでも、莉子には疑問に思うことがあった。
「しーちゃんは、結婚する時に迷うことはあったの? 仕事を辞めること」
「うーん、プロポーズの時に彼に家庭に入ってほしいって言われて、仕事を続けるか悩んだこともあるけど、最後は迷わなかったと思う」
「どうして?」
不思議そうに莉子はそれを訊いた。
食後のハーブティーのグラスをかき回しながら、宍戸はゆっくりとこちらを向いた。
「だって、彼しかいないと思ったから。仕事はやめてもまたパートとかで働けるし、だけどこの世界に彼はたった一人しかいないでしょう。大好きなら、迷う必要はないかなって」
そのさっぱりとした笑顔には、微塵の迷いはなかった。
真実の運命の相手を信じて受け入れ、莉子がずっと憧れたお姫様の姿が、そこにはあった。自分が恋に落ちた運命を、信じて疑わないという彼女に、莉子はやはり圧倒されてしまった。
その人と永遠に寄り添う、その存在意義を見つけられたら、莉子も彼の本当のお姫様になれるだろうか。
お姫様は、すべての女の子に与えられた特権だ。
いつかそう御堂が話していたことが、頭を過ぎる。
「莉子なら、素敵な花嫁になれるよ」
そうやって励ましてくれる友人に、涙ではなく笑顔で頷いた。莉子はまだ誰のお姫様でもないが、本物のお姫様にも負けないとびきりの笑顔で。
それが女の子の特権であるなら、いつか莉子なりの幸福理論を見つけられるだろうか。何かひとつでも失うことのない、運命を分かち合える幸福理論――。
彼女とランチを楽しんで別れた後、莉子は恋人に一本の電話を掛けた。
「もしもし、新さん。……うん、話したいことがあるの」
クリスマスの夜が近づく。
素敵な恋人達の夜になりますように、莉子は願う。
小さな願いだが、ようやく見つけた新しい夢への舞台に、イルミネーションの街をまた一歩進んでいった。