あなたがすきなアップルパイ
02.恋人達の甘い夜に
付き合いはじめてからの初々しい思い出に浸りながら、莉子は最寄り駅を降りて家路を急ぐ。
一年前に彼と同棲を始めたマンションに、早く帰りたくて帰りたくて仕方がない。夜もどっぷり暮れた遅い時間に仔犬が飼い主の手から離れて全速力で突っ走るように、莉子はマンションの部屋にたどり着くまで一度も止まることなく道を急いだ。
その片手には、お裾分けしてもらったお菓子を詰めたお店の箱がかたく握られている。
「ただいま!」
玄関で鍵をガチャガチャするなり、ドアを開けてドタバタと慌てん坊の仔犬が部屋に入ってくる。こんな時間にもお構いなしにドタバタと慌ただしい恋人の様子を見て、先にリビングで寛いでいた新谷は苦笑する。
「おかえり、転ぶぞ」
「大丈夫。お店で生クリーム踏んで二回転んできたから」
「それ大丈夫じゃないだろ」
何が彼女の中で大丈夫の基準なのか甚だ不思議に思うところだが、その本人が本当に転んでしまう前に両手の荷物を降ろして落ち着くように宥める。新谷の前でわんぱくに尻尾を振っている様がまるで目に浮かんでくる。
莉子を迎え入れてくれた新谷は、先に一人で晩御飯とお風呂を済ませたのか、部屋着に着替えてまだ湿り気のある髪からは二人で使うシャンプーのいい香りがした。
彼の香りと混じり合うこの香りが、莉子は大好きである。落ち着く香りがした。
家に帰ってくれば、愛しい恋人が待ってくれているなんてどんなに素敵なことだろう。
彼とこんな素敵な夜を過ごす度に莉子はそう思う。一日の仕事の疲れも、恋人の顔を見れば太平洋のどこかにある南の島まで吹っ飛んでいった。