あなたがすきなアップルパイ
あの後、一時間かけて莉子はお風呂と遅めの晩御飯を済ませると、新谷とリビングのソファーに並んでお店から持ち帰った生菓子とアップルパイにフォークを突き刺した。
「本当によく食べるね、新ちゃんは」
「ちゃん付けするのやめろ」
「だって子供みたいだもん。甘い物食べてる新ちゃん」
普段は新谷のことを「新さん」と呼んでいる莉子も、彼が甘い物を頬張る時に限ってはこのように「ちゃん」と付けて呼びたくなってしまう。
本人は子供扱いされて面白くなさそうにしているが、莉子にはそれがまた面白い。
外で見る彼とはまるで別人のようで、莉子しか知らない彼の一面を独り占めしているこの時間が、楽しくてしょうがない。
それに莉子がテーブルに用意された煮物のおかずと白米を食べている傍らで、新谷はテレビのニュースをチェックしながら先に白ぶどうのムースケーキを摘んでいた。
やっていることと食べている物がまるで一致していない。彼のように落ち着いた大人なら、片手にコーヒーでも飲んでいそうなものだが、彼は砂糖とミルクをたっぷり入れなければそれも飲めないほどである。
これを世にいう『スイーツ男子』というべきなのか。
しかし、本当に彼は無類の甘党なのである。
「甘い物は脳の情報処理に効率がいいからな」
そんなことを言いつつ、一口をまた頬張る。
莉子にはイマイチよくわからないが、甘い物は彼の仕事とプライベートには欠かせないものであるらしい。
つまるところは彼の人生における必需品である。
莉子が苺のショートケーキをひとつ食べ終わる間に、もう三個も胃に流し込んでいた。殆ど毎日こんな感じだと、莉子も少しは心配になる。
「ちょっと食べすぎじゃない?」
「その分頭を使ってる。明日の仕事で使い切るから問題ない」
「そういう問題かなぁ?」
どれだけ甘い物を流し込んでも健康でスレンダーな体型を維持する彼の身体は、莉子には本当に羨ましい限りだ。
「いいなぁ。新ちゃんは。食べても太らなくて」
「莉子も別に太ってないけど」
風呂上がりに薄手の部屋着に着替えた莉子の身体を割と真剣に見て、ボソッと彼が言った。
莉子も普段から気にかけているが、こんな遅い時間に甘い物を食べる罪悪感がないわけではない。
新谷と出逢う前は、パティシエの宿命か、人生最大に体重が重い時期であったため、絶対にあの頃の体重に戻りたくないと願う莉子には一番敏感な話題である。
「俺からすればもう少し太ってもいいんじゃないか。あるべきところに肉があればいい」
「ど、どこ見てるのっ!」
割と真剣な顔で変な冗談を言う彼には、心臓が持たない時がある。こんな気が緩んだ頃に不意打ちにそんなことを言われると、彼の前で動揺を隠せない自分に悔しさがこみ上げる。