あなたがすきなアップルパイ
くだらない話ばかり盛り上がると、あっという間に持ち帰った生菓子はなくなり、白い箱の中にアップルパイが二個だけ残った。
「どうしてアップルパイが好きなの?」
唐突に莉子は尋ねてみた。
莉子とはじめてお店で出逢った時から、彼はずっとここのアップルパイを食べている。その理由が、少し気になった。
「さあ。なんでだろうな」
首を傾げる様子の新谷は特に気にする素振りもなく、アップルパイの一切れを噛み締めた。
まだ平日の水曜の夜。
明日も朝早くから仕事があるため、そろそろ寝るにはいい時間だ。
テレビを消して食器を片付けて、そろそろ寝るかと新谷が莉子の方に振り返ろうとするが、彼の部屋着の裾をちょんと、ほんの少しだけ引っ張る甘えたがりな恋人の姿。
「……莉子?」
「……まだ寝たくない」
たまにわがままになる恋人には手を焼くが、そんなところに惚れてしまった自分の負けだ。
せっかく愛しい恋人が勇気を出してくれた誘いを無下にすることはできない。
それに恥じらう莉子の顔を直視して、彼にもスイッチが入ってしまった。
"yes"と頷く代わりに彼の方から深く口づけをして、相手の身体に縋るように目を閉じる。
甘酸っぱいリンゴの蜜の香りが、溶けていく意識いっぱいに充満した。