拾った彼女が叫ぶから
「マリアさん、頭をちょっと貸してもらえますか?」
「何、オツムの弱い女の頭の中でも見たいの? はいはい、この際だからどうぞとことん見てちょうだい。ついでにネジをいくつか締め直してくれる?」
思いがけず柔らかい声に、つい心が緩みそうになった。
心の中で自分を叱咤してぞんざいに言うと、マリアはずいと頭を突き出した。ルーファスが床に片膝をく。シャツに包まれた二の腕がうつむいた視界に映り込んだ。へらりとした見かけと反対にシャツから透ける二の腕は逞しそうで、一瞬どきりとする。
何をするんだろうと身構えていたら、ややあって頭の天辺に何度も温もりが落ちてきた。「よし、よし」とペットを撫でるような感じだ。
優しい手に撫でられることなんて久し振りで、不覚にも涙が滲みそうになる。
「何よ、どこの誰だか知らないけど、あんたなんかに慰められたりしないんだか、ら……」
「だからルーファスですって。肩なら貸しますから、泣いてもいいですよ」
「誰があんたなんかの前で……この、にやけ男……」
「はは。面白いあだ名を賜りましたね」
彼の手はやがて頭をするりと滑り、彼女の赤みがかった茶色の髪を撫でた。
ついうっかり、この笑顔も、優しい手も、自分を甘えさせてくれるように感じてしまう。
でも目の前にいるのは知らない男なのだから、気をしっかり持たなくては。そうだ、こんなへらへらして何を考えているのか判らない男の前なのだ。
「落ち着きました?」
「……にやけ顔に見られちゃ落ち着くものも落ち着かないわよ」
「じゃあ、こうすればどうですか?」
不意に耳元に大きな手が添えられ、頭の天辺に、手のひらよりもずっと柔らかくてしっとりしたものが触れた。
ちゅ、と小さな音がしてマリアはぱっと顔を上げた。
「ちょっと、今の」
「顔を見られるのが嫌だと仰るから。こうすれば僕もマリアさんを見れませんよ」
つけ上がるのもいい加減にして欲しいのに、鼓動が妙に速くなる。それがまた忌々しくて、マリアはことさら顔をしかめた。
「はあ? あんた顔だけじゃなくて、性格もろくでもないのね」
「光栄です」
「褒めてない」
何を言ってもルーファスは穏やかな態度を崩さない。
何だか悔しくて、マリアは慌てて身体を起こそうとする。だけどすぐさまその手を取られた。
彼の目が間近にあった。その目に自分が映るくらい、近くに。
緩く弧を描く目に、これまで見られなかった欲がちらついていた。
自分より高い体温に、掴まれた手の内側がじわりと熱くなる。マリアは彼の手を振り払おうとした。けれど彼の左手が目に入った途端、言いようのない暗い気分になって反発する気がしぼんだ。
そうか、結局自分の扱いはどこまでいっても変わらないみたいだ。
既婚者なのか、それともあの人と同じ偽装だろうか。指輪に刻まれた紋章の形なんてどうでも良いけれど。
もしかして、自分なら簡単に一夜の相手をしてくれるとでも思って彼はここに来たんだろうか。
もういい。自分には、どうせこの先ろくな未来なんてないのだから。どうなったっていい。
マリアは掴まれた腕をぎゅっと掴み返すと、挑むように告げた。
「あんた、私を抱きたいの? どうぞ、使い古しでも良ければ。私は構わないわ」
「はは、じゃあお言葉に甘えましょうか。でもマリアさんのように可愛らしい方がそんな風に言うのは感心しませんよ」
「お説教? あんたが口にしていいことじゃないわ」
人畜無害そうな顔をしたところで、この男も結局はあの人と一緒じゃないの。
ふにゃりと笑う彼の唇を自分から塞ぐ。薄い唇はしっとりと柔らかくて、身体がカッと熱くなった。
「何、オツムの弱い女の頭の中でも見たいの? はいはい、この際だからどうぞとことん見てちょうだい。ついでにネジをいくつか締め直してくれる?」
思いがけず柔らかい声に、つい心が緩みそうになった。
心の中で自分を叱咤してぞんざいに言うと、マリアはずいと頭を突き出した。ルーファスが床に片膝をく。シャツに包まれた二の腕がうつむいた視界に映り込んだ。へらりとした見かけと反対にシャツから透ける二の腕は逞しそうで、一瞬どきりとする。
何をするんだろうと身構えていたら、ややあって頭の天辺に何度も温もりが落ちてきた。「よし、よし」とペットを撫でるような感じだ。
優しい手に撫でられることなんて久し振りで、不覚にも涙が滲みそうになる。
「何よ、どこの誰だか知らないけど、あんたなんかに慰められたりしないんだか、ら……」
「だからルーファスですって。肩なら貸しますから、泣いてもいいですよ」
「誰があんたなんかの前で……この、にやけ男……」
「はは。面白いあだ名を賜りましたね」
彼の手はやがて頭をするりと滑り、彼女の赤みがかった茶色の髪を撫でた。
ついうっかり、この笑顔も、優しい手も、自分を甘えさせてくれるように感じてしまう。
でも目の前にいるのは知らない男なのだから、気をしっかり持たなくては。そうだ、こんなへらへらして何を考えているのか判らない男の前なのだ。
「落ち着きました?」
「……にやけ顔に見られちゃ落ち着くものも落ち着かないわよ」
「じゃあ、こうすればどうですか?」
不意に耳元に大きな手が添えられ、頭の天辺に、手のひらよりもずっと柔らかくてしっとりしたものが触れた。
ちゅ、と小さな音がしてマリアはぱっと顔を上げた。
「ちょっと、今の」
「顔を見られるのが嫌だと仰るから。こうすれば僕もマリアさんを見れませんよ」
つけ上がるのもいい加減にして欲しいのに、鼓動が妙に速くなる。それがまた忌々しくて、マリアはことさら顔をしかめた。
「はあ? あんた顔だけじゃなくて、性格もろくでもないのね」
「光栄です」
「褒めてない」
何を言ってもルーファスは穏やかな態度を崩さない。
何だか悔しくて、マリアは慌てて身体を起こそうとする。だけどすぐさまその手を取られた。
彼の目が間近にあった。その目に自分が映るくらい、近くに。
緩く弧を描く目に、これまで見られなかった欲がちらついていた。
自分より高い体温に、掴まれた手の内側がじわりと熱くなる。マリアは彼の手を振り払おうとした。けれど彼の左手が目に入った途端、言いようのない暗い気分になって反発する気がしぼんだ。
そうか、結局自分の扱いはどこまでいっても変わらないみたいだ。
既婚者なのか、それともあの人と同じ偽装だろうか。指輪に刻まれた紋章の形なんてどうでも良いけれど。
もしかして、自分なら簡単に一夜の相手をしてくれるとでも思って彼はここに来たんだろうか。
もういい。自分には、どうせこの先ろくな未来なんてないのだから。どうなったっていい。
マリアは掴まれた腕をぎゅっと掴み返すと、挑むように告げた。
「あんた、私を抱きたいの? どうぞ、使い古しでも良ければ。私は構わないわ」
「はは、じゃあお言葉に甘えましょうか。でもマリアさんのように可愛らしい方がそんな風に言うのは感心しませんよ」
「お説教? あんたが口にしていいことじゃないわ」
人畜無害そうな顔をしたところで、この男も結局はあの人と一緒じゃないの。
ふにゃりと笑う彼の唇を自分から塞ぐ。薄い唇はしっとりと柔らかくて、身体がカッと熱くなった。