拾った彼女が叫ぶから
 イアンがルーファスの肩をガシッと掴み、ぐりぐりとこめかみに拳を押し付ける。

「鬱陶しいです、離れてください」
「お前、優しい兄上に向かって鬱陶しいとは何だ? ほれ、もっとしてやる!」
「普通に痛いですって。マリアに気付かれます、早くどいてください」 

 この兄は、細かいことにはこだわらないところが良いところなのだが、面白いこととなるととことん食いついてくるから面倒くさい。ただ、根が大雑把なので、詰めが甘いのは助かる。国内の名門貴族にパメラという名がないことに行き当たるのはまだ先だろう。

「お前モテモテだよなあ。マリアちゃんにパメラちゃん。いいねえ! やっぱりその顔のせいか? くっそ、綺麗な優男ってのは得だよなあ。で、パメラちゃんはどんな子なんだ」
「……ええと、目が二つあって、顔の横に耳がついていて、口が……」
「ハァ!? ふざけんな。歳はいくつだ?」
「僕より年上ですよ」
「ってぇーと、もしかしてマリアちゃんより上か? 顔は? 美人か?」
「ええまあ……美しい人ですよ」
「おおお! お前も悩むよなあ……マリアちゃんも綺麗な部類だしなあ……でもマリアちゃんは怒ると可愛いよな。可愛い系か、綺麗なお姉さんか。おお羨ましい。しかし勝敗は決まったようなもんだよなあ。かたや平民、かたや王宮にも使者を立ててくるほどのお姫さん。ま、マリアちゃんは愛妾にすればいっか……っておい!」

 イアンがばっと腕を離して仰け反る。視線の先はルーファスのが固めた拳だ。
 その単語だけは吐き気がする。

「イアン兄上、それ以上仰るようでしたら、シェリル様の前でうっかり口を滑らせてしまうかもしれません……たとえばイアン兄上と騎士団長の奥方とのこととか」
「ひぃっ! 何でお前がそんなことを知ってるんだ!?」
「合い言葉は『リナリアの裏切り』ですっけ? 騎士団が北部へ遠征していたときに、奥方と」
「おい、やめてくれ。それ以上は言うな! いいか、シェリルにも言うなよ。そんなことをしてみろ、どんなことになるか……!」
「ええ、兄上が余計なことを言わない内は何とか黙っていられそうですが……」
「お前、どこで知ったんだよ、怖えよ……!」
「秘密です」
「その黒い笑い方をやめてくれ……! 冷えるじゃねーか!」

 イアンは本気で怯えたらしく、しきりに自身の二の腕をさする。少しだけ溜飲を下げると、ルーファスは再び中庭のマリアの方を眺めた。庭師が丁寧に手入れをしている中庭には、円形の噴水を取り囲むように薔薇が咲いている。まもなく冬を迎える季節柄、春ほどの華やかさはないが、それでも天鵞絨を思わせる深い赤の薔薇はマリアにぴったりだと思う。エメラルドのドレスを着た彼女の、赤みの混じる茶色の髪に挿せば映えるだろう。

 あの瞳がこちらを向けば良いのに、とそんなことを思っていると彼女が視界の中でまたぱんと頬を叩き頭をぶんぶんと振った。勇ましい足取りで歩き出す。
 ぷっ、とまた思わず笑ってしまった。斜めからしか見えていないのだが、彼女の挙動がいちいち愛おしく見える。この際イアンを振り切って、彼女を追い掛けようか。
 ところが、そこでマリアが不意に足を止めた。彼女の視線の先を追うと、なるほどその反応の理由がわかった。
 ガードナー公……マリアと過去に関係のあった相手が彼女に近付いて来たからだった。
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