拾った彼女が叫ぶから
この男の存在を消し去ってやりたい──物理はさすがにマズいから、社会的に。妹のことさえなければ、多分その思惑の通りに動いたに違いない。
「イエーナが嬉々として準備を進めているのを見ると、僕も結婚したくなりますね」
「ほう、殿下もそろそろ良い時期ですからな。エドモンド殿下、イアン殿下、そしてイエーナ殿下……あとは殿下だけですから周りの声も無視できないでしょう」
「僕はこれまで誰の注目も浴びずに生きてきましたからね。そんな話は全くありませんね」
「おや、おかしいな。ルーファス殿下にも婚約者がおられると聞きましたよ」
にい、と笑うゲイルにルーファスは心の中でどういうことだと怪訝に思った。
婚約者など、自分も聞いたことがない。自分のいないところで話が進んでいるのか。だが全く思い当たる節がない。
ただし表情はあくまでも柔和に返す。
「婚約者ですか? 結婚したいと思う女性はいますが、彼女のことかな?」
「どこかの深窓のお姫様だと伺っておりますよ。殿下も隅に置けませんね」
「……その話はどこから?」
「イエーナ殿下がそのように仰ったので、てっきりもう話は具体的になっているのかと思っていましたよ。殿下もいよいよですね」
「イエーナが? おかしいですね、僕も知らないことなのに」
「じゃあ彼女の思い込みかもしれませんな。あの方は少々早合点が多いから」
涼しい顔で人のせいにするゲイルに、ルーファスは内心で舌打ちした。王族が偉いなどと言うつもりはない。だが、仮にも王女であり自分の妻となる女性を軽んじるあたり、不快さが増す。
それにしても婚約者とは驚いた。
深窓の姫……などと言うということは、出どころはおそらくイアンだ。そこから話が膨らんでイエーナに話が伝わったに違いない。
やはりイアンらには迂闊に本当の話をすることもできない、とルーファスは眉間に皺を寄せる。
「ですが殿下もそろそろ身を固めるときですから、妙な噂の元は斥けられた方がよろしいのでは?」
「妙な噂、とは?」
馬首が揺れるのを撫でてやりながらゲイルがしたり顔で頷く。遠くで、トスッと矢が肉に刺さる音がした。
「殿下が、平民の女に言い寄られているという噂ですよ。何でも、殿下の厚意をいいことにその女が殿下に付きまとっているそうではないですか。私はその女とは妙な縁で知っておりますが、あの女はとんでもない女ですよ」
「へえ、どんな女性ですか」
「あの女は財産狙いですよ。殿下もお聞きになったでしょう、あの女の口から。殿下のお立場ではご存じなかったかもしれませんが、かつてはあの女の家も爵位がありましてね。だが父親がころっと出入りの商人に騙されて金を巻き上げられたという……はっきり言って騙される方が悪いんですけどね。それ以来あの女は金を持っている者につきまとっては、何とかせびろうとしているんですよ」
「へえ……」
「私も過去にせびられたことがありましてね。そのときは私も彼女を不憫に思って相手をしたわけですが、今思えばあれもあの女の作戦だったんでしょう。してやられましたよ。綺麗な女には毒があるとは良く言ったものです」
「……」
「殿下も注意された方がいいですよ。いくら殿下が御正妃様の御子でなくても、相手は殿下に取り入ることで王家そのものから金を奪おうとしているかもしれません。手遅れになる前に、あの女とは縁を切った方がよろしいですよ」
──その舌を引きずり出して切ってやりたい。
ルーファスは綺麗に貼り付けた笑みの下でぐっと拳を握った。
彼女とのことについて自分は悪くない、彼女に迫られたのだと弁解しているようなものだ。
彼女の言うことを信用するな、と。その上で、ご丁寧な「助言」までつけてくれている。
この男の婚約発表の夜を思い返す。あの日のマリアのどこに嘘があったというのだ。必死で涙をこらえて立っていた彼女の、どこに。
「イエーナが嬉々として準備を進めているのを見ると、僕も結婚したくなりますね」
「ほう、殿下もそろそろ良い時期ですからな。エドモンド殿下、イアン殿下、そしてイエーナ殿下……あとは殿下だけですから周りの声も無視できないでしょう」
「僕はこれまで誰の注目も浴びずに生きてきましたからね。そんな話は全くありませんね」
「おや、おかしいな。ルーファス殿下にも婚約者がおられると聞きましたよ」
にい、と笑うゲイルにルーファスは心の中でどういうことだと怪訝に思った。
婚約者など、自分も聞いたことがない。自分のいないところで話が進んでいるのか。だが全く思い当たる節がない。
ただし表情はあくまでも柔和に返す。
「婚約者ですか? 結婚したいと思う女性はいますが、彼女のことかな?」
「どこかの深窓のお姫様だと伺っておりますよ。殿下も隅に置けませんね」
「……その話はどこから?」
「イエーナ殿下がそのように仰ったので、てっきりもう話は具体的になっているのかと思っていましたよ。殿下もいよいよですね」
「イエーナが? おかしいですね、僕も知らないことなのに」
「じゃあ彼女の思い込みかもしれませんな。あの方は少々早合点が多いから」
涼しい顔で人のせいにするゲイルに、ルーファスは内心で舌打ちした。王族が偉いなどと言うつもりはない。だが、仮にも王女であり自分の妻となる女性を軽んじるあたり、不快さが増す。
それにしても婚約者とは驚いた。
深窓の姫……などと言うということは、出どころはおそらくイアンだ。そこから話が膨らんでイエーナに話が伝わったに違いない。
やはりイアンらには迂闊に本当の話をすることもできない、とルーファスは眉間に皺を寄せる。
「ですが殿下もそろそろ身を固めるときですから、妙な噂の元は斥けられた方がよろしいのでは?」
「妙な噂、とは?」
馬首が揺れるのを撫でてやりながらゲイルがしたり顔で頷く。遠くで、トスッと矢が肉に刺さる音がした。
「殿下が、平民の女に言い寄られているという噂ですよ。何でも、殿下の厚意をいいことにその女が殿下に付きまとっているそうではないですか。私はその女とは妙な縁で知っておりますが、あの女はとんでもない女ですよ」
「へえ、どんな女性ですか」
「あの女は財産狙いですよ。殿下もお聞きになったでしょう、あの女の口から。殿下のお立場ではご存じなかったかもしれませんが、かつてはあの女の家も爵位がありましてね。だが父親がころっと出入りの商人に騙されて金を巻き上げられたという……はっきり言って騙される方が悪いんですけどね。それ以来あの女は金を持っている者につきまとっては、何とかせびろうとしているんですよ」
「へえ……」
「私も過去にせびられたことがありましてね。そのときは私も彼女を不憫に思って相手をしたわけですが、今思えばあれもあの女の作戦だったんでしょう。してやられましたよ。綺麗な女には毒があるとは良く言ったものです」
「……」
「殿下も注意された方がいいですよ。いくら殿下が御正妃様の御子でなくても、相手は殿下に取り入ることで王家そのものから金を奪おうとしているかもしれません。手遅れになる前に、あの女とは縁を切った方がよろしいですよ」
──その舌を引きずり出して切ってやりたい。
ルーファスは綺麗に貼り付けた笑みの下でぐっと拳を握った。
彼女とのことについて自分は悪くない、彼女に迫られたのだと弁解しているようなものだ。
彼女の言うことを信用するな、と。その上で、ご丁寧な「助言」までつけてくれている。
この男の婚約発表の夜を思い返す。あの日のマリアのどこに嘘があったというのだ。必死で涙をこらえて立っていた彼女の、どこに。