拾った彼女が叫ぶから
 ルーファスにとって、イエーナという妹は異母兄妹であることもそうだが、そもそもこれまでほとんど接触の機会もなかったためにさほど思い入れはない。それでも妹をもこのいけ好かない男の元にやらなければならないのかと思うと、こめかみが攣りそうだ。
 当然、マリアをおとしめただけでもこの男の首を絞めてやれたらと思うのだが。

「ご忠告痛み入ります」
「殿下は生まれが生まれだけに平民を構われるのもわからなくはないですが、ね」

 ルーファスは知っている。この男の……ガードナー公爵家の元を辿れば王族に行き着く。彼が自分に対してへりくだることなく、平然と「忠告」をするのは、正妃との子ではないルーファスよりも自分の方が正当な血族であると彼が考えているからだ。
 そもそも、彼とイエーナの婚姻もガードナー家の血筋を考慮したものだ。とはいえ、彼が増長しないための牽制として王太子らではなくルーファスが彼の婚約発表に立ち会ったのだが、この男は理解しているのだろうか。
 
 生まれが違うからこそ、ルーファスはひっそりと育てられた。その理由はゲイルの認識している事実とは少し違うのだが。
 
「もう少し王子としての自覚をお持ちになられた方がいい」
「公に言われると身が引き締まる思いですね。何せ婚約を機に|身綺麗に(・・・・)されたことですし。僕も見習わなければならないかもしれませんね。でははっきりしておきましょう」

 ゲイルがぴくりと眉を上げる。ルーファスが、彼とマリアの関係を知っていると暗に告げたのだ。
 ルーファスは自分でも意地の悪い笑みを浮かべているだろうなと思いつつ、釘を刺した。

「今後マリアには一切近付かないでくださいね。もし今後指一本でも彼女に触れたら、僕は全力で貴方を排除しますから」
「ふむ。殿下ともあろうお方が、下賤な娘にそこまで肩入れされるとは嘆かわしい。名ばかりの王子に何がおできになるのかな。それに彼女のとのことは貴方が口を挟む権利はないでしょう。二人とも納得した上での大人の関係ですよ、貴方にはまだわからないかもしれませんがね」
「……へえ、大人の関係ですか。イエーナの耳にその事が入らないことを祈りますよ。彼女は潔癖なところがありますので、到底『大人の関係』など受け入れられないでしょう」

 ゲイルが恨みの籠った目でルーファスを睨む。彼はそれをものともせずにくすりと口の端を上げた。

「どういう反応をするのか見物ですね。イエーナならこの婚約を解消したいとでも言いかねませんからね。父上も母上も彼女には勝てないですから、すぐに解消とはいかなくても延期されるかもしれません」

 下手な事をすれば、妹であり彼の婚約者でもあるイエーナも容赦なく巻き込む、とほのめかす。ある意味、イエーナの存在を盾にとっているともいえる。
 ゲイルの僅かな動揺が伝わったのか、彼の馬が小さくいなないた。ギリ、と彼が奥歯を噛みしめた音が聞こえてきそうだ。
 マリアをないがしろにしたことを悔いればいい。

「ではまた後ほど。見事な鹿をぜひお見せ願いたいものです」

 満面の笑みでの腹の探り合いには慣れている。
 これで上手く脅しが効けばいいのだが、念には念を入れた方がいいだろう。ルーファスは自分の馬が枯葉を踏む音を聞きながら、頭の中で今後について考える。ゲイルの出方次第だが、備えはしておいた方がいい。
 二度とマリアの視界にこの男を入れたくない。忌々しげに眉を寄せるゲイルをちらと視界におさめ、ルーファスはくるりと踵を返す。次の一手を早速取らねばならない。

 マリアに害など、与えさせはしない。
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