拾った彼女が叫ぶから
「えっ! ちょっと……」
「会いたかった」
 
 ぎゅうぎゅうとマリアを抱き締める腕はますますきつくなった。心地よいを通り越して、痛いくらいだ。顔を上げることもできない。でもこれは間違いなく、覚えのある肌の感触だと思ったらするりと身体の力が抜けた。
 ──ついさっきあんたのことを考えていたんだから! 考えたくなんてなかったけど。

「ルーファス……?」
「やっぱりマリアはいいなあ。ただいま」
「ただいま!? ここはルーファスの家じゃないわよ」
「いいんです。『ただいま』なんですよ、ここが」

 マリアが反射的にいつもの憎まれ口を叩いても、彼はどこ吹く風だ。それどころかマリアの首筋に当然のようにすりすりと自分の頬を擦りつけてくる。
 一体どういうつもりなんだろう。
 実際に会ってしまうと、胸の内のもやもやに蓋をしてしまう。目の前の笑顔が全てになってしまう。腹は立つのに、ショックだったのに、その顔を見たら流されそうになる。

 ルーファスがやっと腕の力を緩めてくれたので、マリアは彼を見上げる。いつもの通りの、ふにゃふにゃした笑顔だ。
 泣きそうになった。色んな思いがぐちゃぐちゃに溢れて、それが目の縁から出て行きたがってる。

「マリア?」

 ルーファスが気遣わしげに目を細める。
 聞きたいことも、知りたいこともたくさんある。このままになんてしておけない。
 けれど、今はそれよりも彼の様子が気になった。

 ──少し疲れてる?
 ルーファスは笑っているけれど、どこか疲労が滲み出ている気がする。それがわかるほどには、近くで彼を見てきた。そしてそれを追及したところで、彼が笑って答えないだろうことも。
 でもだからってなにもできないのは歯痒い。屋根の上で並んで夜空を眺めたときにも同じ事を思ったけれど、何かあるなら吐き出して欲しいのに。
 やっぱり遊び相手にはそこまでさらけ出せないということだろうか。そう思うとつきんと胸の奥が痛んだ。
 
 マリアは彼の腕の中からもぞもぞと腕を出す。外套のお陰で全然腕が回りきらないけれど、それでも彼の背中に腕を回した。多分、外套がなくてシャツ一枚だったとしても届かないと思うけど。なんてことを考えたら、急に色んなことを意識してしまった。頬がじわりと熱くなり、慌てて頭から追い出す。

「……おかえりなさい」

 言っていい言葉なのか少し躊躇ったけれど、ルーファスの身体から強張りが溶けたような気がするから間違いではなかったみたいだ。それがたとえ一時の戯れでも、少しでも安らげるのなら今はそれでいい。
 いつか彼がマリアの頭にしてくれたように、マリアもルーファスの背中をゆっくり何度も叩く。とん、とん、と何度も。

「マリア」
「なに? ──!」

 柔らかな声に誘われるように頭を上げてから、マリアは咄嗟に手の甲を自分の唇に当てた。ルーファスの唇が手のひらにちゅっと当たる。
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