拾った彼女が叫ぶから
 顔を上げたルーファスがふっと笑った。

「かわしましたか」
「当たり前でしょう! こんなところで──誰に見られるかもわからないのに」
「ああ、じゃあ誰にも見られないところに行きましょう」
「違う違う! どこでだって駄目なものは駄目」
「ちっ。残念です。この前はキスしたじゃないですか」
「お遊びのキスなんていらない」
「じゃあ真面目なキスをしましょう」
「そんなこと言ってない!」

 マリアは慌てて彼の腕から抜け出した。ルーファスは苦笑しながら素直に離してくれる。
 自分は真剣なのに、この男にとっては何もかも──今のやり取りさえも──戯れなんだろうか。
 そう思ったら不意に悲しくなって、その悲しみを振り切るように強烈に腹が立ってきた。この笑顔に騙されちゃだめだ。流されたら、だめだ。
 出てきた声は自分でもびっくりするほど低かった。

「……ねえ、楽しかった?」
「え? 正直なところああいった集まりは苦手ですね……マリアと一緒にいる方がいいです」
「そうやって、私があんたになびくところを見て、楽しかった?」

 笑顔の中に疲労を滲ませたルーファスが、はたとマリアを凝視した。こんなときでも、彼の笑顔に含まれた些細な感情の揺れを読み取れるようになった自分に感心してしまう。マリアはきつく唇を引き結んだ。

「なびく? 急にどうしたんですか、マリア」
「──触らないで」

 マリアは、ルーファスが彼女の肩に手を置こうとしたのをぱしっと振り払った。彼が驚きの表情に顔を歪めたけれど、マリアの顔はもっと歪んでいた。
 ルーファスから食べ物をもらえるとでも思ったのか、ナァーゴが音も立てずに彼の足元にすり寄る。マリアは彼に懐くナァーゴを奪い取るようにさっと抱え上げた。「ナァー」と憤慨するのに構わず、きつく抱きしめる。そうでもしないと涙が零れ落ちてしまいそうだ。
 震える唇で、引き絞るように紡いだ言葉は酷くかすれた。

「騙したくせに」 
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