拾った彼女が叫ぶから
「でも丁度良かったわ。どうせこんな大きな家、維持費もばかにならないし」
「ですが」
「いいの。もう終わったことだから」

 何か言おうとしたルーファスを遮る。
 マリアにできることはもう何にもない。思い出が詰まっている場所、ナァーゴが来てくれるとっておきの場所でも、もう手放すしかない。
 マリアは滲み出すものを閉じ込めるように瞬きを繰り返す。

 ルーファスに婚約者がいようがいまいが、自分は王都を離れなければならない。
 どれだけ心残りでも、後ろ髪を引っ掴まえられていても、いつかはさようならをする日が来る。これまでだってそうだった。終わったことだから、と自分を納得させることには慣れている。別れを告げる機会があっただけ、ましというものだろう。そもそも、婚約者の件でルーファスをなじるような立場でもないのだ。
 ──たとえ本当の気持ちに気付いても。

「だからもう、ダンスの相手役もこれで終わり。もう私が教えなくても、ルーファスは充分踊れるようになったから、あとは実践でいいと思うの。来月には年始の晩餐会と舞踏会があるのよね? 自信を持っていいと思うわ。三月には社交シーズンもまた始まるし、ルーファスなら大丈夫よ」
「踊りたい相手がいないのに?」

 ルーファスが思いがけず真剣な目で見るので、マリアはきゅっと心臓が縮んだみたいになった。一瞬息を詰めて、それからそっとため息に混ぜて吐く。

「僕がブレアまで習いに行きますよ。それなら何の問題もないでしょう」
「な、に、言ってんの? ここからブレアまでどれだけかかるか知っているでしょう。習いに行くだなんて軽く言える距離じゃないのよ。あんた、それだけの間王都を留守にできる? 王子でしょう、わざわざそんな南まで来なくたって、練習相手の代わりはいくらでもいるじゃない!」

 カッと頭に血が昇った。ルーファスはばかだ。とんでもないばかだ。少し考えればわかることじゃないか。

「踊りたい相手と踊ろうとするのはそんなにおかしいことですか?」
「私はそういうことを言ってるんじゃないの、あんたは王子でしょう!」
「僕はマリアとしか踊りたくないからいいんです」
「だからそういうことじゃ……っ」

 声を荒げそうになって、母親が伏せっていることを思い出して咄嗟に口ごもる。
 頭の中は血がぐらぐらして、どうやってルーファスを説得すればいいのかと考えるのに良い案が思いつかない。こっちは喉元まで込み上げる言葉を何とか押さえ付けて、別れを告げようとしているのに。
 王子のくせに、そんなことを軽く言っていい立場じゃないくせに、と心の中でぷすぷすと文句だけが浮き上がって、でも口にできずに弾けて消えていく。

「あのね、マリア」

 わなわなと肩を震わせるマリアの前で、ルーファスはへらりと笑った。

「僕は、いつまで『王子』なんですか」
「え? 何の……こと」
「いつになったら、マリアと同じ土俵に立てますか」
「は……?」

 彼が何を言っているのかわからない。マリアは口をぽかんと開けてルーファスを見つめ返した。
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