拾った彼女が叫ぶから
一時の別れ
「それじゃあ、ここで」
「はい。次はブレア領で……ですか。ここで会えないのは寂しいですね」
「仕方ないわ。何もかも同じではいられないもの」
マリアは弱く微笑んだ。かつてオルディス家の執事だったアランが、ルーファスの従者に外套を渡し、従者が彼に着せかける。
マリアの足元で、ナァーゴが「ナァー、ナァァー」と名残惜しそうに鳴く。ルーファスが外套の袖を通しながら、恨みがましい目で下を向いた。
「ナァーゴとは気が合いそうだったのに、最後に邪魔をしてくるとはしてやられましたね」
「ナァーゴは私を守ってくれたのよ」
「マリアさん、頰が赤いですよ?」
「もう、早く行って」
つい先ほどのことが生々しく頭の中で再生されたのに、気付かれたらしい。居たたまれなくて、視線を逸らす。ルーファスがふっと笑う気配がする。
「マリアさんも、もうすぐ出立するんですよね。次はブレア領に連絡します」
「……待ってる」
──さっきはついあんなこと言っちゃったけど。
これまでのように頻繁に会えるわけじゃない。マリアの方から訪ねて行ける相手でもない。ルーファスなら気にせずに王宮に通してくれるだろうけれど、王子が平民の娘を特別の理由もなく王宮に引き入れるだなんて、外聞が良くない。
──結局、私にできることといえば待つことだけ。
さっきだって、さんざん乱されたのは自分だけだ。ルーファスは涼しげな表情を崩しもしない。
ちくりと胸に針が刺さる。マリアはそれに意識を向けないようにして笑った。
「私がいないからって、ダンスの練習を怠けたらだめよ」
「マリアがいないと練習できませんから、すぐに会いに行きますね」
「もう、一人でもやりなさいって言ってんの」
軽く睨むと、ルーファスが柔らかく目を細める。その目が不意に、ほんのわずかに鋭くなった。「マリア」と呼ぶ声からもおどけたところが消える。
「一人での外出は控えてください。外出をするときも、なるべく大通りを歩いてください。今みたいに日が暮れた後は特に、外に出ないようにしてください」
「なぁに、それ」
「見知らぬ人にはふらふらと付いて行かないように。マリアをどこかへ連れ出そうとする言葉には決して乗らないように。人の言葉の裏を良く見極めてください」
「どうしたの、急に。子供じゃあるまいし」
唐突なお説教に、マリアは苦笑する。
「いいから、約束してください」
「何なのよ、大丈夫よ心配しなくても」
本当に、急にどうしたというのだろう。心配されているらしいのは何やらくすぐったいのだが、それにしてもあんまり自分が頼りないみたいではないか。
「マリアは目を離すと何をしでかすかわかりませんから」
「私が何をしたって言うのよ」
「はあ、本当に心配です……特に僕以外の男には気を付けてくださいね」
「あら、それじゃお父様やアランにも気を付けなくちゃならなくなるわ」
笑いながら返したところで、ひゅっと笑いが引っ込んだ。ルーファスが真顔で怖い。
「わかった、外では気を付ける」
「はい、良くできました」
へらりと笑ったルーファスが、彼の従者とアランに後ろを向くように指示する。ルーファスが一歩踏み出した。マリアは首を傾げる。
「どうしたの?」
肩を掴まれたと思ったら、唇が重ねられる。でもそれは一瞬のことで、すぐにまた唇も手も離れていった。
「ではまた。マリア」
ルーファスが背を向けて、小さく声を掛ける。すたすたと歩み去る彼に合わせてすかさずアランが玄関ホールのドアを開け、マリアは呆然とルーファスを見送った。
「はい。次はブレア領で……ですか。ここで会えないのは寂しいですね」
「仕方ないわ。何もかも同じではいられないもの」
マリアは弱く微笑んだ。かつてオルディス家の執事だったアランが、ルーファスの従者に外套を渡し、従者が彼に着せかける。
マリアの足元で、ナァーゴが「ナァー、ナァァー」と名残惜しそうに鳴く。ルーファスが外套の袖を通しながら、恨みがましい目で下を向いた。
「ナァーゴとは気が合いそうだったのに、最後に邪魔をしてくるとはしてやられましたね」
「ナァーゴは私を守ってくれたのよ」
「マリアさん、頰が赤いですよ?」
「もう、早く行って」
つい先ほどのことが生々しく頭の中で再生されたのに、気付かれたらしい。居たたまれなくて、視線を逸らす。ルーファスがふっと笑う気配がする。
「マリアさんも、もうすぐ出立するんですよね。次はブレア領に連絡します」
「……待ってる」
──さっきはついあんなこと言っちゃったけど。
これまでのように頻繁に会えるわけじゃない。マリアの方から訪ねて行ける相手でもない。ルーファスなら気にせずに王宮に通してくれるだろうけれど、王子が平民の娘を特別の理由もなく王宮に引き入れるだなんて、外聞が良くない。
──結局、私にできることといえば待つことだけ。
さっきだって、さんざん乱されたのは自分だけだ。ルーファスは涼しげな表情を崩しもしない。
ちくりと胸に針が刺さる。マリアはそれに意識を向けないようにして笑った。
「私がいないからって、ダンスの練習を怠けたらだめよ」
「マリアがいないと練習できませんから、すぐに会いに行きますね」
「もう、一人でもやりなさいって言ってんの」
軽く睨むと、ルーファスが柔らかく目を細める。その目が不意に、ほんのわずかに鋭くなった。「マリア」と呼ぶ声からもおどけたところが消える。
「一人での外出は控えてください。外出をするときも、なるべく大通りを歩いてください。今みたいに日が暮れた後は特に、外に出ないようにしてください」
「なぁに、それ」
「見知らぬ人にはふらふらと付いて行かないように。マリアをどこかへ連れ出そうとする言葉には決して乗らないように。人の言葉の裏を良く見極めてください」
「どうしたの、急に。子供じゃあるまいし」
唐突なお説教に、マリアは苦笑する。
「いいから、約束してください」
「何なのよ、大丈夫よ心配しなくても」
本当に、急にどうしたというのだろう。心配されているらしいのは何やらくすぐったいのだが、それにしてもあんまり自分が頼りないみたいではないか。
「マリアは目を離すと何をしでかすかわかりませんから」
「私が何をしたって言うのよ」
「はあ、本当に心配です……特に僕以外の男には気を付けてくださいね」
「あら、それじゃお父様やアランにも気を付けなくちゃならなくなるわ」
笑いながら返したところで、ひゅっと笑いが引っ込んだ。ルーファスが真顔で怖い。
「わかった、外では気を付ける」
「はい、良くできました」
へらりと笑ったルーファスが、彼の従者とアランに後ろを向くように指示する。ルーファスが一歩踏み出した。マリアは首を傾げる。
「どうしたの?」
肩を掴まれたと思ったら、唇が重ねられる。でもそれは一瞬のことで、すぐにまた唇も手も離れていった。
「ではまた。マリア」
ルーファスが背を向けて、小さく声を掛ける。すたすたと歩み去る彼に合わせてすかさずアランが玄関ホールのドアを開け、マリアは呆然とルーファスを見送った。