拾った彼女が叫ぶから
もうやめて欲しい。
マリアは頬を引きつらせつつ、微笑んでごまかした。
昨年末、マリアはタウンハウスを出て母とブレア領の屋敷に戻った。父親とはしばらく振りの再会だった。母親は父親と再会するなり話し込んでいたから、やはり淋しかったのだろう。夫婦仲だけは良いのだ。マリア自身も、あの場所にもナァーゴにも心残りはあるものの、何とか新しいスタートを切ったところだ。
王都を出たことが原因なのか、それとも他にも何かあるのか、ようやく母親も今の状況に目を向け始めてくれたことは嬉しい誤算だ。
新しいブレア領の領主を補佐する父親の傍ら、母親も少しずつマリアと共に家のことに手を付け始めてくれた。いつかは母もマリアと同じように、働き口を見つけるようになるかもしれない。ちなみにマリアは今、教会や病院、孤児院といった施設で子供向けに教師の真似事をすることで細々と収入を得ている。
これまで我慢することが当たり前で、我慢している意識すらなかった。けれど、望んでもいいのだと、期待してもいいのだと、今は思えるようになったような気がする。誰のお陰とは言わないけど。
「ええと、それでルーファス……殿下はどちらへ?」
さりげなく後ずさりつつ、イアンに訊ねる。
「それがなあ……」
イアンがさも困った風に盛大なため息を吐く。その目が伏せられて、マリアもほっと息を吐いた。目力に圧倒されるので、なるべくなら直視は避けたい。
伏せられた目が、ふと何かを探すように揺らぐ。ぴくりと眉が上がる。とマリアが思うのと、がばりとイアンが顔を上げてマリアの肩越しに視線を向けるのは同時だった。
「お、何だこれは?」
「な、何がですか」
「へえーこれはこれは。俺より人数が多くないか? マリアちゃんもがっちり固められてるねー」
「だから何の話ですか」
「諦めてなかったんだな-。だったらあの話は何なんだ? わっけわかんねーな」
わけがわからないはこっちの台詞である。イアンが顎に手を当て何かを確認するようにぐるりと周囲を見回す。つられてマリアも彼の視線を追ったが、そこには整えられた庭とプラタナスの木しかない。
一人でにやにやしている彼を、じとりと睨んだ。
「あの、そろそろ失礼させていただきたいのですが」
──会えるかもしれないと思っていたのに。
ルーファスに会えないのなら、これ以上留まっても仕方がない。
マリアは肩を落とした。ドレスの返却はいい口実だったのに留守だなんて間が悪い。もうこの先は自分には王宮に用事などあるはずがないのに。そうそうすぐには、望み通りにいかないみたいだ。
マリアは頬を引きつらせつつ、微笑んでごまかした。
昨年末、マリアはタウンハウスを出て母とブレア領の屋敷に戻った。父親とはしばらく振りの再会だった。母親は父親と再会するなり話し込んでいたから、やはり淋しかったのだろう。夫婦仲だけは良いのだ。マリア自身も、あの場所にもナァーゴにも心残りはあるものの、何とか新しいスタートを切ったところだ。
王都を出たことが原因なのか、それとも他にも何かあるのか、ようやく母親も今の状況に目を向け始めてくれたことは嬉しい誤算だ。
新しいブレア領の領主を補佐する父親の傍ら、母親も少しずつマリアと共に家のことに手を付け始めてくれた。いつかは母もマリアと同じように、働き口を見つけるようになるかもしれない。ちなみにマリアは今、教会や病院、孤児院といった施設で子供向けに教師の真似事をすることで細々と収入を得ている。
これまで我慢することが当たり前で、我慢している意識すらなかった。けれど、望んでもいいのだと、期待してもいいのだと、今は思えるようになったような気がする。誰のお陰とは言わないけど。
「ええと、それでルーファス……殿下はどちらへ?」
さりげなく後ずさりつつ、イアンに訊ねる。
「それがなあ……」
イアンがさも困った風に盛大なため息を吐く。その目が伏せられて、マリアもほっと息を吐いた。目力に圧倒されるので、なるべくなら直視は避けたい。
伏せられた目が、ふと何かを探すように揺らぐ。ぴくりと眉が上がる。とマリアが思うのと、がばりとイアンが顔を上げてマリアの肩越しに視線を向けるのは同時だった。
「お、何だこれは?」
「な、何がですか」
「へえーこれはこれは。俺より人数が多くないか? マリアちゃんもがっちり固められてるねー」
「だから何の話ですか」
「諦めてなかったんだな-。だったらあの話は何なんだ? わっけわかんねーな」
わけがわからないはこっちの台詞である。イアンが顎に手を当て何かを確認するようにぐるりと周囲を見回す。つられてマリアも彼の視線を追ったが、そこには整えられた庭とプラタナスの木しかない。
一人でにやにやしている彼を、じとりと睨んだ。
「あの、そろそろ失礼させていただきたいのですが」
──会えるかもしれないと思っていたのに。
ルーファスに会えないのなら、これ以上留まっても仕方がない。
マリアは肩を落とした。ドレスの返却はいい口実だったのに留守だなんて間が悪い。もうこの先は自分には王宮に用事などあるはずがないのに。そうそうすぐには、望み通りにいかないみたいだ。