拾った彼女が叫ぶから
 ブレア領に下がった後、借りたままのドレスを荷物の中から見付けたのはつい一週間前のことだ。それでマリアは慌てて辻馬車を乗り継ぎ、ミリエール宮まで返しにきたのだった。

「あいつが何をしているか、知りたい?」

 ずずいっとイアンが彼女を覗き込む。その顔は言いたくてたまらないという内心がダダ漏れである。
 なぜこんなに面白がられているのか。

「……まあ、そこそこ」
「おおーマリアちゃん、いいねえ! それそれ! ゾクゾクするねー! そのツンツンした感じ! ルーファスって実はMなのか?」
「あの、イアン殿下」
「いやいや、兄上って呼んでよ! 俺とマリアちゃんの仲じゃん?」

 どんな仲なのだ。しかもいつのまにか肩を抱かれているんだけどどうやって振り払えばいいのか。
 ふとルーファスとの別れ際の挨拶を思い出して、こめかみがずきんと痛んだ。
 ──あんたのお兄様が一番危険なんだけど!

「ルーファスはさあ、今トゥーリスに行ってるんだよね! 遠いよなあ……引き裂かれた二人……面白くなってきたなあ」
「は? 引き裂かれたって何ですか」
「いや、この場合逃げる女を追う方が常套か……」
「あの? すみません、仰っていることがわからないんですけど」

 不敬にもジト目でイアンを見上げる。気にしたようすもなく、イアンはまたがははと笑った。

「いやね、今あいつパメラちゃんに会いに行ってるの。トゥーリスのお嬢さんらしいよ」
「えっ……」

 パメラ。その名前には聞き覚えがあった。ルーファスに王宮まで連れて来られた日にも、その人の名前を耳にした。
 何度も使者が来て、ルーファスの色よい返事を待っているというようなことも記憶に残っている。

 ──その人に会いに行くってどういうことなの?
 
「ちょっと、マリアちゃん!?」

 イアンがぱっと手を放す。
 急に目の前でおろおろし出した彼を見て、マリアは自分の様子にようやく気付いた。慌ててぐいと頬を擦った後で、淑女らしくハンカチを当てるべきだったと悔やんだがもう遅い。

 止め方がわからない。
 イアンに見られたくなくて顔を伏せたら、またぼろりと涙がこぼれ落ちた。

「……ルーファスの、ばかっ」
「マリアちゃん、ちょっ、待って」
「ルーファスは結婚しちゃうんですね? それならそうとはっきり言ってくれれば良かったのに」

 ──「連絡する」って言ったくせに。
 離宮からの帰りにルーファスがマリアの家に立ち寄ってくれたときの言葉に嘘があったなんて思いたくなかった。
 せめて結婚するのだと、ゲイルみたいに言ってくれれば良かった。その方がまだましだった。中途半端に求められて、快楽を与えられて、それが餞別だなんて思いたくない。

 ──散々マリアを追い詰めて「好きですか?」と聞いておいて、それはないじゃないの!

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