拾った彼女が叫ぶから
「マリアちゃんってさ、あいつのこと」
「……っ」

 思わず、ばっと手を突き出してイアンがそれ以上なにか言うのを遮った。
 まだ聞かれたことに答えていない。ちゃんと気持ちを伝えてない。
 抱き締め合った、キスしたあの日にも結局怖くて言えなかった。自分から全てを見せることがどうしても怖かった。
 多分、ゲイルとのことがあったから。自分を見せても最後にはまた離れて行くんじゃないかと不安だった。
 ──って、今まさに離れて行かれちゃった。

 気付かれていると思っていた。ルーファスは何でも受け止めてくれるから、自分の気持ちなんて全てお見通しだと思っていた。
 だけどこんなことになるなら、せめて伝えれば良かった。もう、隣にいることが叶わなくなるのなら。

「そろそろ泣き止んでくんないかな? 俺がルーファスに締め上げられる。あの笑みで凄まれたら、一人で用を足せなくなる」
「す、すみません」

 ごしごしと目を乱暴にこする。鼻をすするのをハンカチで隠しつつ顔を上げると、思いのほか優しい眼差しにかち合った。

「ルーファスも、マリアちゃんみたいに感情をストレートに出してくれる相手がいれば、きっと毎日楽しく過ごせそうだ」
「……私はいつもルーファスには突っかかってばかりで」
「いいのいいの、あいつはそれも楽しんでたから。それにマリアちゃんは口ではそう言ってても顔で丸わかりだから」

 にっと笑われて、いたたまれなくなる。初対面のイアンにまで顔でわかるなどと言われるとは、つくづく単純な自分が情けなくなる。それと同時に、そんな他愛ないやりとりさえ、もうできなくなったのだと思うと否応なしにぐっと喉が詰まる。
 トゥーリスに行くことを言ってくれなかったのはちょっと癪に障るけど、でもそれを言うなら自分の方が大事なことを言ってない。
 今からでは手遅れだろうか。

 ──それでも、望んだことだけは伝えたい。伝えなきゃ。
 マリアは鼻に当てていた手を下ろすと、その場で淑女が公の場で取る最上級の礼を取った。心からの願いであることがわかるように。
 それからつられて姿勢を正したイアンの青い目に向かい合う。

「殿下、一つ……お願いがございます」
「おうよ! 良く言った、マリアちゃん! 俺に任せな!」

 まだ中身も伝えないそばから、イアンがもう一度がばりとマリアの肩を抱え込んだ。
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