拾った彼女が叫ぶから
 吐いたり、筋肉痛に呻いたり、どうやら襲撃だったようなもの──マリア自身が目の当たりにしたわけではないのでいまいち実感はない──に遭いつつ国境を越え、五日目にとうとうマリアはイアンと共にトゥーリス入りを果たした。
 ちなみに、トゥーリスは国土面積で言えばヴェスティリアのおよそ三倍ほどもある大国だ。ほぼ南北に延びる国土の三分の一は、内海にせり出した形をしており、沿岸部はどちらかというと穏やかな気候をしている。
 だが、それはあくまでも沿岸部の話だ。二人が到着したのはイズダールという、トゥーリス北部に位置する王都である。冬でも雪など滅多に見られないヴェスティリアとは、見える景色も全く違った。
 ──さすが一年の半分は雪が覆う国だわ……!

 視界が白い。二人が到着したときには雪は降っていなかったものの、家々も木々もこんもりと雪をかぶっている。街道は整備されており雪に足を取られることはないが、往来を行く人々は誰もかれもが分厚い外套で肌を覆い、頭にはつばのない円筒形の暖かそうな帽子をかぶっている。あの帽子が切実に欲しい。
 吐く息は白く、もわりと立ち昇る。マリアは肩を縮ませてイアンの後をついて行く。街中のため、馬で駆けることはできないのだ。

「ここですか……」
「おお、俺も初めて見た」
「あの、本当にここなんですか、ルーファス……殿下が訪ねた場所って」
「みたいだぜ? まあここが本命かはわからないが……王家に立ち寄って挨拶をしてからパメラちゃん家に行くっていうパターンもアリだからなあ」

 見上げた場所は城下町を抜けた先、トゥーリスの王城であるシュヴェルツフト城だ。
 ミリエール宮は複数の庭園を持つ華やかな印象の王宮であるが、こちらは堅牢な石の城壁がぐるりと城を囲んでそびえ立つ。敵の侵攻を防ぐためだろう。今は雪に覆われ、なんとも幻想的であった。
 見張りの塔が立ち並ぶ。城下町から近い代わりに、防御は強固そうだ。城壁も塔も全て石造りらしく鈍い灰色をしており、どこか陰鬱な雰囲気まで漂わせる。
  
 マリアは身震いした。でもそれは寒さでだけではない。ただならぬ威圧感におののいたからだ。今更ながらに、自分の大胆さにため息をついてしまう。
 大体が、こんなところに本来用のある立場でもないのだ。反射的に身を縮めたのも仕方なかった。

「ま、行ってみよーぜ! とりあえずここで女王様に訊けばここから先の行き先もわかるかもしんねーしな!」

 すっかり萎縮しかけのマリアと反対にイアンはどこまでも大らかというか朗らかというか。羨ましい。
 彼自身王族であるから引け目も感じないのだろう。完全にアウェーであるマリアとは大違いだ。
 イアンが一緒に行くと言ってくれたことにマリアは心から感謝して、彼と共に城壁の内側へ足を踏み入れた。城門はまだ遠い。それでももう、ここまで来て引き返すわけにはいかない。
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