拾った彼女が叫ぶから
ルーファスは父王が若い頃に遊学した折に、当時のエミリア王女に手を出した結果できた子であった。
当時彼女は婚姻を控えていた。まして他国の王との姦通などどうあっても隠し通さなければならなかった。それでエミリアはひっそりとルーファスを産み落とし、その赤子はヴェスティリアで引き取ることになったのである。
互いに不可侵の秘密を保つために。
結婚したエミリアにはその後男子が産まれなかった。
トゥーリスはエミリアの代には女王であったが、基本的には代々男子が王位を継承する。そしてトゥーリスが他国からの侵攻の危機にある今、女王では心もとないという民の声があがるのも早かった。王配である彼女の夫が三年前に急逝したことも、その声を後押しした。
周囲が王族の遠縁を後継候補だとして擁立するも、それぞれに野心を抱えた彼らは互いに対立し熾烈な争いが繰り広げられているという。
したがって、女王の直系の血を引くルーファスを王太子として迎え入れることで人心の安定を図りたい、そしてヴェスティリアとの間の関係を強化することで他国の侵攻に備えたいという思惑の元、何度もルーファスの元に使者が送り込まれてきたのであった。
「ですが、僕の返事は変わりません。トゥーリスを継ぐことなど考えられません」
「この国が丸ごとあなたの手に入るのよ? 好きにしてくれていいわ。私はもう疲れたの。あの人がいなくなってから……」
エミリアが遠くを見つめる。視線の先には今はもういない彼女の夫がいるのだろう。それでも自分の返事は変わらない。
ヴェスティリアで第三王子として育てられたものの、ルーファスは常に気配を殺すようにして生きてきた。事情を知らない王妃に庶子として忌み嫌われたからである。
だからその怒りに触れないようになるべく周囲との関わりを失くし、関わる際には常に笑みを張り付けて相手の心に触れないようにし、また相手の心に留まらないようにしてもきたのだ。そのようにして生きざるを得なかった元凶が目の前にいるのである。そう簡単には全てを赦すことなどできそうにない。
「勝手なことを。女王なら責務を全うしてください」
言いながら、自分がそれを言っていいのだろうか──とちらと頭をかすめた。
逃げ回っているのは自分もではないか。この母と同じように。ルーファスは知らず首の後ろを揉んだ。
「あなたには国中を探して最高の女性との婚姻を約束するわ。だからお願い、母のところに──」
──何と言った?
エミリアの無神経な発言に、それまで冷笑ではあったものの笑顔を保っていた顔にぴきりとヒビが入ったのがわかった。沸々と怒りが湧き上がる。
母とは結局こんな人だったのか。当時の事情はどうあれ、こちらの様子を尋ねることもなくただ要求のみを口にして二十年の間何もしなかった人が──。
思いあまって拳をテーブルに叩き付ける。茶のカップが震え、金属音を奏でた。
「何も知らないくせに……! 頼むから放っておいてくれ!」
「ルーファス!!」
ルーファスが息も荒く立ち上がると同時に、バン、とドアを叩き付ける音が耳を打った。
皆が一斉にそちらを凝視する。
駆けこんできたのは誰あろう、今すぐ抱き締めたくてやまなかった、赤茶色の髪を振り乱し目を爛々と輝かせたマリアだった。
当時彼女は婚姻を控えていた。まして他国の王との姦通などどうあっても隠し通さなければならなかった。それでエミリアはひっそりとルーファスを産み落とし、その赤子はヴェスティリアで引き取ることになったのである。
互いに不可侵の秘密を保つために。
結婚したエミリアにはその後男子が産まれなかった。
トゥーリスはエミリアの代には女王であったが、基本的には代々男子が王位を継承する。そしてトゥーリスが他国からの侵攻の危機にある今、女王では心もとないという民の声があがるのも早かった。王配である彼女の夫が三年前に急逝したことも、その声を後押しした。
周囲が王族の遠縁を後継候補だとして擁立するも、それぞれに野心を抱えた彼らは互いに対立し熾烈な争いが繰り広げられているという。
したがって、女王の直系の血を引くルーファスを王太子として迎え入れることで人心の安定を図りたい、そしてヴェスティリアとの間の関係を強化することで他国の侵攻に備えたいという思惑の元、何度もルーファスの元に使者が送り込まれてきたのであった。
「ですが、僕の返事は変わりません。トゥーリスを継ぐことなど考えられません」
「この国が丸ごとあなたの手に入るのよ? 好きにしてくれていいわ。私はもう疲れたの。あの人がいなくなってから……」
エミリアが遠くを見つめる。視線の先には今はもういない彼女の夫がいるのだろう。それでも自分の返事は変わらない。
ヴェスティリアで第三王子として育てられたものの、ルーファスは常に気配を殺すようにして生きてきた。事情を知らない王妃に庶子として忌み嫌われたからである。
だからその怒りに触れないようになるべく周囲との関わりを失くし、関わる際には常に笑みを張り付けて相手の心に触れないようにし、また相手の心に留まらないようにしてもきたのだ。そのようにして生きざるを得なかった元凶が目の前にいるのである。そう簡単には全てを赦すことなどできそうにない。
「勝手なことを。女王なら責務を全うしてください」
言いながら、自分がそれを言っていいのだろうか──とちらと頭をかすめた。
逃げ回っているのは自分もではないか。この母と同じように。ルーファスは知らず首の後ろを揉んだ。
「あなたには国中を探して最高の女性との婚姻を約束するわ。だからお願い、母のところに──」
──何と言った?
エミリアの無神経な発言に、それまで冷笑ではあったものの笑顔を保っていた顔にぴきりとヒビが入ったのがわかった。沸々と怒りが湧き上がる。
母とは結局こんな人だったのか。当時の事情はどうあれ、こちらの様子を尋ねることもなくただ要求のみを口にして二十年の間何もしなかった人が──。
思いあまって拳をテーブルに叩き付ける。茶のカップが震え、金属音を奏でた。
「何も知らないくせに……! 頼むから放っておいてくれ!」
「ルーファス!!」
ルーファスが息も荒く立ち上がると同時に、バン、とドアを叩き付ける音が耳を打った。
皆が一斉にそちらを凝視する。
駆けこんできたのは誰あろう、今すぐ抱き締めたくてやまなかった、赤茶色の髪を振り乱し目を爛々と輝かせたマリアだった。