拾った彼女が叫ぶから
「何か勘違いしていませんか? 僕の結婚相手はマリア以外にはあり得ませんけど」

 胸に頭を押し当てられ、宥めるような声が頭の上から降ってくる。
 とん、とん、と背中に彼の手が何度も当てられる。

「は……?」

 ──んん? 何、どういう意味?
 混乱のあまり、言われたことが理解できない。
 問うように反射的に顔を上げると、さっきよりも顔中に広がった満面の笑みが自分を見下ろしていた。
 ルーファスがマリアの額に唇を落とす。それだけの仕草にマリアは狼狽えた。

「ちょ、今の……良くわからなかったわ。もういっぺん言って」
「何度でもお望みのままに」

 ふっとルーファスが笑って、マリアの耳元で囁く。甘やかな声が、言葉と共に脳を蕩かす。
 たっぷり五回は繰り返されてから、ようやくマリアは彼の結婚話がまったくの事実無根であることを理解した。

 ──じゃあ、私のしたことって……!
 彼が結婚すると勘違いし、イアン殿下まで巻き込んで国をまたいで追い掛け、あまつさえ大国であるトゥーリスの王城にどかどかと足を踏み込んで女王陛下の前で泣き叫んだのだ。
 それに気づいた瞬間、恥ずかしさのあまりマリアはルーファスの胸に顔をうずめた。
 もう一生顔を上げられる気がしない。
 穴どころか、井戸を掘って飛び込みたい。エミリアの前でなければ、きっと悲鳴をとどろかせたことだろう。今だって胸の内ではぎゃあぎゃあと騒ぎ立てている最中である。

 ルーファスがくくくと笑い声を漏らすのも悔しい。もう嫌だ、帰りたい。
 マリアはしがみついた彼の胸の辺りをぎゅーっとつねる。けれど服の上からでは大した威力はなかったらしい。ますます笑われるだけだった。
 ──子供をあやすみたいに頭を撫でないで!

「──そういうわけで、僕には既に相手がいるんですよ」

 ルーファスがマリアを深く抱き締めたまま、これはおそらくエミリアに向けて──きっぱりと言い放った。
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