拾った彼女が叫ぶから
「そ、それは」
言葉に詰まると、くすくすとエミリアが彼女を見上げて笑った。笑うとますますルーファスに似ていて、本当に二人は親子なのだということが良くわかった。ルーファスの母だというからにはそれなりに歳を重ねているはずなのだが、その表情は無垢な少女のようで女王というよりは王女と言ってしまっても良いんじゃないかと思えるほどだ。ふわりと微笑むエミリアは花が咲いたようで、こちらまでほんのりと頬を染めてしまう。
「そうでした、マリアはなぜそんな勘違いを?」
いまだ彼女を離さないルーファスが、頭を下げて覗き込む。マリアは、王宮でイアンに出会ったこと、彼の話からルーファスが結婚すること、ルーファスに話をしたいと願い出たところ、彼にそそのかされて急きょ馬を走らせここまで来たことを話した。
「まったく……よりによってイアン兄上ですか。今はどちらに?」
「扉の外で、警備の方たちを止めてくださっているわ」
マリアが言い終わらない内に、エミリアが侍女に指示を出す。すぐさま執務室の扉が開けられ、イアンと彼の護衛、それに女王の護衛だろう男たちがなだれ込んできた。
イアンが「おわっ!」と短く呻いたが、すぐに姿勢を正す。男らは女王の指示により即座に退室させられた。
「さすが、物分かりのいい臣下をお持ちなことで」
イアンはにやりとエミリアに挨拶するや否や、マリアに向き直った。
「マリアちゃん、首尾は……ああ、ルーファスに抱っこされているなら、どうやら上手くいったってことだな! やっぱり俺は正しかった!」
「抱っこじゃありませんから! それに殿下のお話は丸っきり嘘だったじゃないですか」
「そうですね、今すぐ抱き上げてもいいところですが……」
狼狽えるマリアに御構いなしでルーファスが口元を綻ばせる。するりとマリアの頰を撫でた。
「それはそうとして、イアン兄上は随分と引っ掻き回してくださったみたいですね?」
「なんだ? 俺はお前たちのために一肌脱いでやったんだぜ? 感謝こそすれ、睨むのはお門違いだろ」
「あら、睨んでいる顔なの? 私には笑顔にしか見えないわ」
三人のやり取りを黙って見ていたエミリアが、ころころと笑う。その笑い声を聞くとますます少女みたいだ。
「母上は口を挟まないでください。イアン兄上を問いつめなければなりませんので」
「はっ? お前何言ってんだ? 陛下が母上だって、お前、それは笑えねえ冗談……」
笑おうとしたイアンの頬が、二人の顔に目をやった瞬間にひきつった。
「僕も笑えないのが残念ですが、正真正銘の母親ですよ」
ため息混じりにルーファスがとどめを刺すと、イアンの目が点になった。
エミリアが艶やかに笑い、一行をカウチソファに促す。ルーファスの嫌味にもまったく動じる様子がない。見かけとは違い、タフな人みたいだ。
エミリアの正面にルーファスが、そして彼を挟んでイアンとマリアが腰を下ろす。さり気なくルーファスに肩を抱かれて、心臓がとくんと跳ねた。
人数分の茶が用意され、馥郁(ふくいく)とした香りが立つ。香りのお陰で徐々に落ち着きを取り戻したマリアと正反対に、イアンはまだ興奮の真っ只中だ。
「……つまり、お前はトゥーリスで結婚するんじゃなくて、王になるのか」
「なりませんよ、何を聞いていたんですかイアン兄上は。そもそも兄上の勘違いのお陰で、マリアが泣いたじゃないですか」
「いやでもここまでちゃんと送ってやっただろ!? 会いたかっただろ!? これでもお前が付けた護衛もフル稼動で、襲撃を振り切ったんだからな!」
イアンがルーファスに向けて体をひねり、ドヤ顔で胸を逸らす。ルーファスの右隣にいるマリアには、彼の横顔しか見えないのだが、まとう空気がぴりりと冷気を帯びたような気がした。
言葉に詰まると、くすくすとエミリアが彼女を見上げて笑った。笑うとますますルーファスに似ていて、本当に二人は親子なのだということが良くわかった。ルーファスの母だというからにはそれなりに歳を重ねているはずなのだが、その表情は無垢な少女のようで女王というよりは王女と言ってしまっても良いんじゃないかと思えるほどだ。ふわりと微笑むエミリアは花が咲いたようで、こちらまでほんのりと頬を染めてしまう。
「そうでした、マリアはなぜそんな勘違いを?」
いまだ彼女を離さないルーファスが、頭を下げて覗き込む。マリアは、王宮でイアンに出会ったこと、彼の話からルーファスが結婚すること、ルーファスに話をしたいと願い出たところ、彼にそそのかされて急きょ馬を走らせここまで来たことを話した。
「まったく……よりによってイアン兄上ですか。今はどちらに?」
「扉の外で、警備の方たちを止めてくださっているわ」
マリアが言い終わらない内に、エミリアが侍女に指示を出す。すぐさま執務室の扉が開けられ、イアンと彼の護衛、それに女王の護衛だろう男たちがなだれ込んできた。
イアンが「おわっ!」と短く呻いたが、すぐに姿勢を正す。男らは女王の指示により即座に退室させられた。
「さすが、物分かりのいい臣下をお持ちなことで」
イアンはにやりとエミリアに挨拶するや否や、マリアに向き直った。
「マリアちゃん、首尾は……ああ、ルーファスに抱っこされているなら、どうやら上手くいったってことだな! やっぱり俺は正しかった!」
「抱っこじゃありませんから! それに殿下のお話は丸っきり嘘だったじゃないですか」
「そうですね、今すぐ抱き上げてもいいところですが……」
狼狽えるマリアに御構いなしでルーファスが口元を綻ばせる。するりとマリアの頰を撫でた。
「それはそうとして、イアン兄上は随分と引っ掻き回してくださったみたいですね?」
「なんだ? 俺はお前たちのために一肌脱いでやったんだぜ? 感謝こそすれ、睨むのはお門違いだろ」
「あら、睨んでいる顔なの? 私には笑顔にしか見えないわ」
三人のやり取りを黙って見ていたエミリアが、ころころと笑う。その笑い声を聞くとますます少女みたいだ。
「母上は口を挟まないでください。イアン兄上を問いつめなければなりませんので」
「はっ? お前何言ってんだ? 陛下が母上だって、お前、それは笑えねえ冗談……」
笑おうとしたイアンの頬が、二人の顔に目をやった瞬間にひきつった。
「僕も笑えないのが残念ですが、正真正銘の母親ですよ」
ため息混じりにルーファスがとどめを刺すと、イアンの目が点になった。
エミリアが艶やかに笑い、一行をカウチソファに促す。ルーファスの嫌味にもまったく動じる様子がない。見かけとは違い、タフな人みたいだ。
エミリアの正面にルーファスが、そして彼を挟んでイアンとマリアが腰を下ろす。さり気なくルーファスに肩を抱かれて、心臓がとくんと跳ねた。
人数分の茶が用意され、馥郁(ふくいく)とした香りが立つ。香りのお陰で徐々に落ち着きを取り戻したマリアと正反対に、イアンはまだ興奮の真っ只中だ。
「……つまり、お前はトゥーリスで結婚するんじゃなくて、王になるのか」
「なりませんよ、何を聞いていたんですかイアン兄上は。そもそも兄上の勘違いのお陰で、マリアが泣いたじゃないですか」
「いやでもここまでちゃんと送ってやっただろ!? 会いたかっただろ!? これでもお前が付けた護衛もフル稼動で、襲撃を振り切ったんだからな!」
イアンがルーファスに向けて体をひねり、ドヤ顔で胸を逸らす。ルーファスの右隣にいるマリアには、彼の横顔しか見えないのだが、まとう空気がぴりりと冷気を帯びたような気がした。