Invanity Ring --- 今宵、君にかりそめの指輪をーーー
「心配しなくても、君は必ず相手の男を愛せるよ。俺が、保証する。だから、余計な男のことなんか、憶えていちゃいけない」
「余計なんかじゃ……」
「余計だよ。幸せになりたいなら、愛する男は一人だけでいい」
 びく、と華月が震えた。
 そうして一度目を閉じた華月は、しばらく何か考えた後で顔をあげた。
「だったら……」
「ん?」
「忘れるから……朝になったら、忘れますから……一度だけ、キス、してください」

 俺は、華月の顎に指をかける。きつく結ばれたその唇に、そ、と親指だけを這わせた。赤いルージュが、俺の指先に移る。

「この唇は、婚約者のためにとっておけよ」
「私は」
「君の初めてのキスが自分じゃないと知ったら、その男は絶対失望するよ」
 ぎゅ、と眉根を寄せた華月の瞳から、涙が溢れた。

 その様子に、さすがに罪悪感を感じる。
 少し、いじめすぎたかな。

「最後に、もう一つプレゼント」
 俺は、華月の左手を取ると、暗い空にかざした。ちょうど、華月の薬指にその月が乗るように。
「朝になれば消えてしまう、俺たちに似合いの指輪だ」

「……を」
 涙声が、細く震えた。

 華月は、伸ばしていた左手を、反対の手で大事そうに包んで自分の胸に押し付けた。
「……を、教えていただいて……ありがとうございました……」
 華月の嗚咽を聞きながら、空が白むまで俺たちは黙ったままでいた。
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