Invanity Ring --- 今宵、君にかりそめの指輪をーーー
「あの……」
 後ろから声をかけられて、そういやお嬢様がいたなと振り向く。

 改めて見ても、その子は絵にかいたようなお嬢様だった。
 高校生くらいか。白いコートに上品な深いブルーのワンピース。バッグも靴も落ち着いた老舗ブランド。さらりとしたロングのストレートヘアが……少しだけ、あいつに重なる。
 白いコートってのがまたいけない。今日、同じように真っ白なドレスを着て微笑んでいた、あいつ。
 ……未練がましいな、俺。

「ここらは治安が良くないから、早く帰りな。またあんなのに捕まんないようにね」
 それだけ言うと、俺はまた歩き出す。その俺の腕を、彼女はいきなりがしりと掴んだ。

 え?

「あのっ!」
 必死な形相で、彼女は叫んだ。
「私と、遊びませんか!」
「……は?」

  ☆

「だめ、ですか?」
 そのままフリーズした俺を、彼女は不安そうな顔で見つめている。
「つか、あんたさ」
「華月、と申します」
 律儀に、そのお嬢様は名乗った。

 かづき、ね。偽名を使えるほど要領がよさそうには見えない。

「……華月ちゃん、今度は、俺をナンパ?」
 は、と華月ちゃんは我に返ったようにあわてて手を離した。
「いえ、その……私、とにかく、男の方とお話をしようと……」
 しどろもどろで顔を真っ赤にしている。

「そうやって、さっきの男も捕まえたの?」
「あの方は、駅前で私に声をかけて下さったのです。一緒にお食事をしていたのですけれど、二人だけでお話をしようとおっしゃられてここまで……でも……」
 さすがにここがどういうところくらいはわかったのか。
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