Invanity Ring --- 今宵、君にかりそめの指輪をーーー
 華月ちゃんはそっとあたりをうかがう。
 バーはほぼ満席だったけど、誰も他人のことなんか気にしちゃいない。
 そうわかると彼女は安堵の息を吐いて続けた。

「だからその前に、ちゃんと男の方とデートをして、楽しい思い出を作りたかったんです」
「ちゃんとした男はいきなりホテルになんか連れてかないって、覚えておいて。それにお見合いなんて、気に入らなければ断っちゃえばいいじゃない」
「いえ、お見合いとは言いましても、実際は両家の顔合わせなのです。来年卒業と同時に私が結婚することは、もう決まっているんです」
「そっか」
「でも、結婚自体は、嫌ではないんです。むしろ、うちにとっては願ってもない良縁で……あ」

 ふいに、気付いたように華月ちゃんが顔をあげた。
「ん?」
「すみません、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
 華月ちゃんが、まっすぐに俺の目を見つめてくる。純真無垢な瞳。疑うことも騙されることも知らないんだろうなあ。
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