最後の男(ひと)
町屋先輩からは、4年前に一緒に仕事をしたときにはっきり釘を刺されているけれど、里中はそのことを知らないから少し躍起になっている。先輩も先輩で、どこか楽しんでいる節があるから質が悪い。

「あとから来たのは君の方だけどな」

事実ながらそこを突かれては、里中もぐうの音も出ない。先輩がくくっ、と喉の奥で笑いをかみ殺している。里中にとっては目の上のたんこぶかもしれないけれど、先輩の方は気に入ったらしい。

「一先ず、一香の顔を見に来ただけだから、ちゃんとした挨拶はまた後で」

先輩は余計な一言を添えて部署を後にするから、里中が敵意剥き出しで背中を睨み付けている。

まだ社員が少ない時間だから良かったものの、これがもしあと10分後の話だったら、噂が背びれ尾ひれを付けて広まっていたことだろう。

「ほら、里中。朝イチで準備しないといけない書類があるから早く出勤したんじゃなかったの?」

先の行動を促せば、私のことも納得いかない顔をして数瞬見つめたあと、気の抜けた返事をして自分のデスクへと戻っていく。

私が何をしたというのか…。その顔を承認できないのはこっちの方だと言いたい。けれど、言えない。里中が私にアピールしているのは周知の事実で、分かりやすく好意を寄せられては無碍にはできない。とことん冷たくすればいい加減分かってくれるのだろうけれど、対象外とはいえ気が引けてしまうのは惚れられた弱みというのもあると思う。気持ちには応えられないくせに、良い人ではいたいのだ。

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