最後の男(ひと)
町屋先輩が日本に滞在するのは3ヶ月。
業務と特別休暇を兼ねての一時帰国で、その後はまた駐在先のアメリカに戻る。任期は5年の予定だから、正式な帰国は2年後になる。
帰国している間は海外事業部に籍を置く為、営業部とはフロアが違うから、偶然社食等で一緒にならない限り接点はない。
初日に顔を合わせて以降、ろくに会話もないまま2週間が過ぎた頃、先輩からお誘いのメールが入った。

金曜の夜に会う事が決まってからの私は、どこかソワソワしていたのかもしれない。
勘の良い里中は何かを察知したのか、これまで以上に絡んできて、拗ねたり甘えたりと、駆け引きめいたことをしてくるから落ち着いて仕事ができないし、課長からも、「番犬になめられてるぞ」と揶揄い半分に窘められる始末で、なんだかんだありながらも当日を無事に迎えられたことにほっとしている。

退社前にメイクを直すと、また里中に嗅ぎ付けられるかもしれないから、待ち合わせのダイニングバーに向かう前に、コスメカウンターで新色のタッチアップも兼ねてメイクをしてもらうことにする。
準備万端整えてレストランに入ると、町屋先輩は既に席に着いて喉を潤していた。

「お疲れ様です。遅れてすみません」

「お疲れ。まだ時間前だし気にすんな。俺が早く飲みたくてフライングしただけだし。一香、何飲む?」

先輩が言いながら腕時計に目を落とす。店内の抑えた照明のなか、伏せた睫毛が目元に影を作って哀愁のようなものを漂わせている。

渡されたメニュー表を捲りながら、ふと町屋先輩のタンブラーに目をやる。

「先輩は何飲んでるんですか?」

「ん? ジントニック」

「じゃあ、私はジンリッキーにします」

タイミング良くオーダーを取りにきたスタッフに、お酒と料理を注文すると、先輩は断りを入れてから煙草に火を点けた。

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