最後の男(ひと)
「カルビ食べられなくなったって話、よく聞きますよね」

「カルビはとっくの昔に卒業したよ。だから向こうの食事が結構キツいんだよな。こうして帰ってくるとやっぱ日本食に勝るものはないってつくづく実感するし」

「旅行で滞在するのと仕事で長期いるのとでは違いますもんね」

「そうなんだよな。……なぁ、一香。話変わるけど、おまえ、結婚願望ってある?」

「なんですか? 突然。いつかは……とは思っていますけど」

「俺もそろそろ身を固めようと考えているんだ」

「そうなんですね。ひょっとして、良いご報告ですか? 先輩もついに年貢の納め時ですね」

どんな女性が最後のイケメン独身男性を射止めたのだろう。まだ帰国して間もないから、可能性としては駐在先で出会った人とか。

「ちがうよ。相手はこれから探すんだよ。一香は? 今彼氏いるの?」

「……いませんけど」

‘彼氏’と聞かれて、一瞬士郎の顔が頭を過ったせいで返事が遅れてしまう。先輩が悟ったように眉を押し上げたから、気付かれてしまったようだ。

「まぁ、大人になれば色々あって当然だよな」

「一応断っておきますけど、不倫じゃありませんよ」

「どんな形であれ、おまえが納得してるんならいいんじゃないの。でも、俺にとっては好都合というか」

「はぁ」

町屋先輩の言いたいことが分からず、思わず気の抜けた返事をしてしまう。

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