最後の男(ひと)
「さっきも言った通りだよ。本当はもっと早い段階でアメリカ行きの話が出ていたところを新人を育ててみたいからって、上に掛け合って遅らせてもらっていた時に入社してきたのが一香だった。飲み込み早いし何より頑張り屋だし、その時からいい子だなって思っていたよ」

「じゃあ、どうして最初に念押ししたんですか。俺を好きになるなよって遠回しに言われたようなものですよね」

「本当に相手を好きになったら釘刺されたくらいで諦められるかよ。そんなの最初から恋でもなんでもないだろ。おまえ、知らないのかもしれないけど、入社当時、同期の女子社員の中で一番人気だったんだよ。恋愛トラブルで会社辞めるやつもいる位だし、自分を戒める意味でも、面倒くさいことにならないように言っただけだ」

それに対して先輩にお礼を言うべきなのだろうか。確かに社内恋愛は、いつでも相手の顔を見ることができる距離にいるということもあって、その時々の関係性次第で気持ちが浮ついたり、気が削がれてしまう事もあるだろう。いずれにせよ、集中力の欠如はロスに繋がる。

「女子には狭き門の総合職試験を突破して入社してきたのに、その芽を摘む訳にいかないだろ。これまで総合職で入った女子社員は、家庭との両立はできないからって結婚や旦那の転勤を機に退職した子も多いし、一般職に切り替えた子もいた。

 俺は、一歩下がって男についていく女性よりも、仕事でも何でも、お互いを尊重して対等に肩を並べて渡り合える相手が理想だ。一香は俺が育てただけあって仕事もできるし、男に媚びないところもいい。お互いに転勤がある身だけど、子供ができたら上手に周囲の力を借りながら育てていく事もできると思う」

先輩は、キャリアを持つもの同士の結婚後のビジョンについても、具体的かつ現実的に語ってくれた。そこには、夢ではなく、きちんとした生活が描かれていた。

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