最後の男(ひと)
1.過去を知る男
「一香(イチカ)も飲むだろ」

勝手知ったる他人の家とはまさにこのことで、士郎は私の冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、ほら、と言って差し出す。

シャワーを浴び終えたばかりの彼は、私の部屋におきっぱにしているスエットパンツに上半身裸、首には濡れた髪を拭くタオルを掛けている。

士郎が差し出した手をそのままにしているから、情事の気怠さが残る体を叱咤して、クッションを重ねたベッドヘッドに背中を預けてから受け取る。

彼、士郎は、大学2年から社会人1年目の秋頃まで3年間付き合っていた元カレ。

家に来るときは決まって、アルコールとつまみをお土産に持参する。

家ではお酒を飲まない私の冷蔵庫には、飲み物といえばミネラルウォーターと野菜ジュースしかない為、情事の後では物足りないのだと言う。私はといえば、喉さえ潤えば水でも構わないけれど、毎度律儀な士郎を無碍にもできずに頂いている。

士郎が私の部屋を訪れるのは、金曜の夜になる事が多い。平日は私が仕事で遅くなりがちだし、週末は恋人の為に使いたいと士郎は言っていたから、必然的に金曜日になるようだ。

「これから行く」とメールを寄越すこともあれば、ふらっと何の前触れもなく訪れることもあるから、タイミングが合わなければ、玄関のドアノブに缶ビールが入ったコンビニ袋を掛けて帰っていく。

そういう日は、そのまま恋人の家に行くのかどうかは分からないけれど、自分が訪ねてきたという形跡を残していく。

それはまるで、私、もしくは士郎の生存確認を定期的に行っているかのような、短くもなく長すぎる訳でもない間隔を置いて、私の部屋にやってくる。
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