最後の男(ひと)
「ほら、仕事に戻って。私も外回り行ってくるから」

そう言っても、里中はまだ食い下がってくる。

「先輩、もう一つだけ。今晩空いてますか?」

「……もし空いてたらどうなるの?」

「一緒にメシ行きましょうよ!」

聞き返したことで入り込む余地があると思ったのか、大きな瞳が期待に輝いている。

「今日は残業の予定だから無理。今度時間が合ったらね。それじゃ、行ってきます」

ホワイトボードに帰社予定時刻を記入して、部署を後にする。

焦らしているつもりはないけれど、もしそうだと思われていたら厄介だ。里中がどこまで本気は分からないけれど、もう同じような会話を一年以上繰り返している。

たまに誘いに乗れば素直に嬉しそうな顔をするし、だからといって強引を事を進めるようなことはしない。男子は年上の女性に憧れる時期があるというから、それもあって単に懐かれているだけなのかもしれない。



**
「ただいま~」

マンションの鍵を開けて、一人暮らしの部屋に向かって帰宅を告げる。脱いだパンプスはつま先を玄関に向けて四隅に置いた。

手を洗って、帰りにコンビニで買ったお弁当に箸をつける。残業があった日は、家事にまで手が回らない。洗濯物は洗濯機に入れれば自動的に乾燥までしてくれるし、平日の掃除はさっとモップを掛ければいいけれど、食事だけはそうもいかない。家事を女子力の一つと言われても、世間は女にだけ色々求めすぎていると思う。

「お嫁さん、ほしいかな」

女に家事を求めるなと自分で言っておきながら本末転倒だけど、もし結婚するなら、家のことが得意な旦那様がいい。

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