7年目の本気
乱れた衣服を直すのも忘れ、和巴はホテルの長い
 廊下を足早に突き進む ――


「何が”3度目の正直”よ……何が”今夜はもう
 逃がさない”よ。私の本性知る前に自分の化けの皮が
 剥がれて残念だったわね」


 ようやくエレベーターホールに着き、
 呼び出しボタンを押す。

 が、怒り心頭のあまり、
 今日の和巴は我慢が利かない。

 エレベーターに八つ当たりする。


「何っ! このエレベーター、遅いじゃない?! 
 ったく、今夜は逃がさない、なんて言うくらいなら
 私の後追って来なさいよ……世良のバカヤロウ……」


 ”チン”と音がして、エレベーター到着。

 その扉が開いたと同時に乗り込んだので、
 先に乗っていた同乗者に気付かず、危うく
 ぶつかりそうになる。


「あ、ごめんなさい ――」


 その同乗者は2人共サングラスをかけていて、
 女性は50代半ばくらいのお淑やかな貴婦人。
 男性の方は30代くらいで、何となく見覚えが
 あるような気がする……


「きゃ~~っ!」


 和巴の乱れた衣服を見た貴婦人が開口一番
 悲痛な叫びをあげた。



「あ、あなた、その恰好はどうなさったの?」


 そう問われて、和巴は慌てて衣服の乱れを直す。


「あ、いや、こ、これは……」

「ま、まさか! 何処かの部屋に連れ込まれて
 無理矢理手ごめにされた、とか ――」


 連れ込まれたのは確かだが、
 手ごめにはされてない。

 貴婦人は当事者の和巴以上に狼狽・動揺し、


「まぁ、大変。こんな時は警察? それともやっぱり
 ホテルの方を呼んだ方がいいのかしら。ねぇ、
 まーくん、どうしましょ」

「(ま、まーくん??……)」


 貴婦人に”まーくん”と呼ばれた男性は慌てず・
 騒がず。


「落ち着けよ。彼女も困ってるだろ」

「でも……」

「こうゆう時は ――」


 と言い、男性が自分の内ポケットから出した
 サングラスを和巴へ掛けた。


「これで少しは泣きっ面も隠れるハズ」

「あ ―― ども……」


 2人は1階フロントロビーで降りて行ったが、
 そのすれ違いざまの横顔で男性が誰だったか、
 やっと思い出した。


「宇佐見、さん……」


 いつもと違って前髪下ろしてたから、
 まるで気が付かなかった。

 遭遇した時の和巴の恰好ときたら、
 胸元は大きくはだけ、そこには世良が無遠慮に
 付けまくったキスマークだらけだったのだから。

 あの貴婦人が勘違いしたのも頷ける。

 けど、よりにもよって、
 宇佐見に自分の醜態を見られてしまうなんて……


「最悪……」

 和巴は再起不能なくらいどっぷり落ち込んだ。
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