7年目の本気
そして ―― 言われた通り、きっかり2時間後に
 和巴は宇佐見のマンションを訪れた。

 部屋に通され、ドアを閉めて。

 しばらく和巴の顔をじっと見つめていた宇佐見が、
 なんだかしらないが満足そうに笑った。
 それから頭を撫でられて、ただそれだけで、
 和巴の心臓は早くなった。


「で、どうした?」

「どうしたって……会いたかったから」

「うん。だから、なんで?」

「会いたいのに、理由がいるん?」


 和巴が問い返すと、宇佐見は困った様に笑った。

 期待していた答えではないが、機嫌は悪くない、
 そんな表情だ。


「さて、この時間に会いたいと言われて、
 オレはどうしたらいいのかな?」


 和巴は少しだけ、目の前の男が憎らしくなった。

 どうせこの男の事だ、
 和巴が会いたいと言った理由はお見通しだろう。

 分かった上で和巴が”抱いて”と、口にするのを
 待っているのだ。

 こうなったら、和巴が口にするまで宇佐見は
 何時間でも待つ。
 そういう人間だということは、分かっている。


「宇佐見さん……」

「うん?」


 玄関先で、する話でもない。

 でも、このままでは先に進めないし、
 この距離で宇佐見と向き合っている今、
 和巴にはこれ以上先延ばしにする余裕もない。



「セッ*ス、したいんです」

「ずいぶん、直接的だな」

「他にうまい表現が浮かばないので」


 和巴が小さく呟くと、宇佐見は笑ったまま、
 目を動かした。
 それから和巴の手をとり、中へと促す。


「おいで」


 宇佐見はリビングを抜け、そのまま和巴を寝室まで
 連れて行くとそこで手を離した。

 立ち尽くす和巴はそのままに、ベッドに腰かけた
 宇佐見は、考えるように首をかしげた。


「オレをその気にさせてごらん」


 誰が、誰を?

 言われて答えられない和巴に、
 宇佐見は再度要求した。


「和巴がヤりたいって言い出したわけだし……ね?」


 和巴はにっこりとほほ笑む宇佐見を前に、
 軽くフリーズしていた。

 確かに、会いたいと言い出したのは自分の方だし、
 宇佐見の要求はおかしな事ではない。

 セッ*スは両方向であるべきだ。それは正しい。

 ただ、意表を突かれたのだ。
                        

「お子様にはテーマが高度すぎたか」


 動けない和巴に、宇佐見が苦笑する。

 高度すぎるかどうか知らないが、
 その気にさせろと言われて途方にくれているのは
 事実だ。

 考えてみればいつも和巴は受け身で、
 仕掛けるのは相手の方だった。

 確かに、抱かれる側だからといって、
 すべて受け身である必要はない。

 その気にさせろと宇佐見が言うからには、
 和巴の方から仕掛けるのも、アリだという事なの
 だろう。

 けど、自分が仕掛けて、この男がその気になんて
 なるんだろうか。

 頭の片隅に不安が生じるが、それ以上に宇佐見が
 欲しいという飢餓感の方が切実だった。

 和巴はゆっくりと座ったままの宇佐見に近づく。

 いつもと違って上から見下ろす和巴を、
 宇佐見はやはり微笑んだまま見上げていた。

 和巴は、震える手で、宇佐見の頬にふれた。

 手のひらから宇佐見の体温が伝わった瞬間、
 心臓を鷲掴みにされたような衝撃を感じて
 理性が飛ぶのが分かった。

 好きだと思った。

 そして、欲しいと思った。

 のしかかる様に体を寄せて、唇を奪う。

 倒れるかと思った宇佐見は、和巴の予想に反して
 びくともしない。
 和巴は宇佐見の頭を両手で抱え込み、キスを続けた。

 かきだくようにまわした手で、宇佐見の首筋を撫で、
 髪の手触りを感じる。
 帰宅してシャワーを浴びたのだろう宇佐見の髪は、
 少し湿っていて、シャンプーの香りがした。

 差し込んだ和巴の舌を、
 宇佐見が誘うように絡め取る。

 その気にさせる前に自分が溺れそうな気がして、
 和巴は必死にそれを追いかける。

 静かな室内に、自分たちが交わす口づけの
 音だけが響く。
 それをぼんやりと聞きながら、和巴は飢えたように
 宇佐見の舌を追いかけ続けた。


 唇をゆっくりと離し間近に覗き込んだ宇佐見の瞳が、
 ネコ科の猛獣のように細められていた。
 それを見て、和巴は自分がやっている事が
 間違っていないのだと安心する。

 シャツに手を伸ばして、ボタンをひとつひとつ
 外していく。

 手に触れる、洗いざらしの麻生地の感触さえ
 心地よかった。
< 41 / 80 >

この作品をシェア

pagetop