7年目の本気
楽しい時間はあっという間に……

 1軒目は巨大デパートの家具売り場。


「ベッドを買う」

「え?」

「お前の部屋はフローリングだ。
 ベッドがないと寒くて眠れないぞ」

「そうなんだぁ……ってか、なんであなたが
 そんな事まで知ってるの?」
 

 フローリングなんて横文字が着く部屋は
 住んだ事がない。
 実家も時々泊まる国枝家も友達のアパートも和室だ。
 
 売り場では匡煌さんが店員と話している。
 私は他人事のようにうろうろとベッドを見て回る。

 ウォーターベッド?
 低反発ベッド??
 名前は知っているが実物は初めて見た!


「お客様、お気に召しましたか?」


 匡煌さんが耳元で囁く。


「くすぐったいってば!」

「何か気になるものはあったか?」

「ウォーターベッドって水が入ってるんだね」

「当たり前だ」

「……破れたら大変じゃん?」


 私が匡煌さんを見ると、彼は何か考え込んでいた。


「ウォーターベッドか、面白いかもな」

「何が?」

「色々な体位を試す時の動き」


 耳元で囁く。


「な……」

「『何を言い出すんだ! しかも店の中で』
 って書いてある。次はこっちだ」


 赤くなる顔の火照りを抑えながら
 匡煌さんの後ろを歩き出した。

 机や本棚を選んで*階婦人服売り場へと向かい。
 通勤に必要なスーツや靴、かばん、アクセ類を
 匡煌さんが選ぶ。

 自分では分からないので全て彼にお任せした。

 なぜ全てを任せているのか自分でも分からない。
 匡煌さんに安心感が出てきたのだろう……
 考えていたら頭を叩かれた。
 
 
「いて!」

「何ぼぉぉっとしてる? 行くぞ」

「まだ何か買うの?」

「次は家電」

「あ、それなら実家から ――」

「いずれは俺達の新居にもなるんだし、出来る限り
 新品を揃えたいんだ」

「あ、そう……ねぇ」


 歩き出した匡煌さんに声を掛けた。


「なんだ?」

「ありがとう」

「え?」

「家具とか、服とか……色々とありがとう」


 匡煌さんは少し驚いた顔をして、笑った。


「和巴に喜んでもらえれば、俺もうれしい」


 少し赤らめた匡煌さんをニヤリと笑い、
 からかった。


「『しまった、顔が赤くなる』と書いてある」


 彼も負けず言い返してきた。


「『抱かれたい』と書いてあるぞ」

「か……書いてない!」


 私の顔が赤くなり、彼が笑う。


「腹減った。家電の前にメシ食いに行こう」
 
 
 歩き出した私のスマホに千早姉から電話が入る。

 
「もしもし?」

『たまの休みくらいお店手伝ってもバチ当たらない
 わよ。今すぐ帰ってらっしゃい!』


 うわぁ、珍しくめっちゃ怒っとる……


「はい。今から帰ります……」


 私の返事を聞いて電話は切れた。


「誰だ?」

「姉。実はね、今やってる定食屋の他に
 B&Bのホテル開業する予定で。今、猫の手も
 借りたい位忙しいハズなの」
 
「それを早く言え」

「は?」

「これから行こう。俺じゃ”猫の手”にもならんかも
 知れんが。挨拶もしないとな、お宅の妹さんを
 嫁にいただきますって」


 それはちょっと、気が早すぎなんじゃ……


「気が早すぎとか考えたろー」


 楽しそうにニヤっと笑い駐車場へと匡煌さんは
 歩いてる。
 
 こんなに楽しそうな彼を見たのは初めてだ。

 何だか私まで楽しい気分になってきた。
 

注・B&Bとは、ベッド&ブレックファーストの略で
  B&Bのホテルとは”素泊まりと簡素な朝食”を
  提供する宿泊施設の事です。
   
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