7年目の本気

『あ~ら、和ちゃ~ん』


 背後から随分と馴れ馴れしく声をかけられた。
 少々ムッとして振り向けば、それは、
 珍しくフォーマルに着飾った国枝静流さん。


「しずる、先輩……」

「楽しんでるぅ~?」


 彼女は利沙・あつし姉弟のお姉さん。
  
 総合商社『各務』本社の人事部勤務。

 女の子らしくお洒落してる先輩を見るのも、
 こんな公の場でここまで酔ってる先輩を見るのも、
 久しぶりだ、


「あー、そうだぁ。ゴールデンウィークの旅行で
 買ってきてあげたキムチと韓国海苔、食べたー?」


 って、それ、何ヶ月前のハナシですか?


「あ、えぇ、頂きました。美味しかったです」

「でしょ、でしょ~う? 
 この静流さんが買ってきたんだもの
 美味しいに決まってるじゃない」

「あ、ところで先輩……かなり酔ってます?」

「へへへ~、ちょーっとね」


 何処がちょっとよ?
 大トラになる一歩手前じゃんか。


「潰れる前に帰った方がいいですよ?」

「だーいじょーぶー、今日はナイトも一緒なの」
  
 
 なんて、笑っていると ――



『―― 静流』


 と、彼女を呼ぶ声が聞こえた。
 振り向くと、40代前半位の男性がやって来る。

 どことなく、匡煌さんに似てる……


「あー、紹介するわ。私のフィアンセ・各務広嗣って
 いうの。ヒロくん? 彼女が可愛い後輩・
 小鳥遊和巴よ」


 各務だって?! 似てるハズよっ。
 匡煌さんのお兄さん。
 (匡煌さんのご両親も離婚していて、
  匡煌さんはお母さんへ引き取られ
  現在・宇佐見姓なんだ)
  
 株式会社・各務の次期社長。
  

 うわぁ~……なんか、威圧感が半端ないな。


 先輩がいつの間にか婚約してたって事にも
 驚かされたけど。
 まさか、その相手が各務家の長男だったとは
 2重の驚きだ。

「―― キミの事は静流から色々聞いていました。
 真面目で勤勉な上にとても優秀な学生だとか」

「いえ、買い被りです……」

「来年には弟もいよいよ家庭を持ち、
 何かと忙しくなるだろうから、
 支えてやって欲しい」


 え? 弟も、家庭を ―― って、
 どうゆうこと……?


「あら、ヒロくんったら何も今言わなくたって……」


 それ、どーゆう意味?


「何故だ? おめでたい事なのだから何も不都合はない
 だろう?」


 と、彼は私に視線を移した。


「なぁ? 小鳥遊くん」

「え、ええ……」


 私はもう、頭の中が真っ白になりかけで、
 そう応えるのが精一杯だった。


「早く結婚をして落ち着いてくれた方が、
 部下達にとってもいい事なんだ。小鳥遊くん、
 キミもそう思うだろ?}


 にこやかに、ほほ笑みを絶やさず、
 私へ語りかける広嗣さんは ――
 恐らく、いや、ほぼ100%匡煌さんと
 私の関係を知っている。

  
「……おっしゃる通りだと思います」


 それから後、この広嗣さんと別れるまで
 何を話したか? そして、このホテルから
 自宅へ帰るまでまるで、覚えていない。


 結婚 ―― 匡煌さんが結婚。

 ただその言葉だけが、脳裏にこびり付いて
 離れなかった。
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