彼は私の全てだった
「え?地区長?

お疲れ様会出席するんじゃなかったんですか?」

「いや、今日はこの店の飲み会だからね。

柿沢さん、上がっていいからお疲れ様会に参加して来て。

柿沢さんが一番頑張ってたのに
労ってもらえないなんて有り得ないって
マネージャーに言っといたよ。」

お疲れ様会にはそれほど行きたくなかった。

シュウと彩未が仲良くするのを見たくないからだ。

それでも中村さんがその為に来てくれたので
私は仕事を上がり着替えていた。

するとマネージャーから電話がかかって来た。

「柿沢さん?

地区長来てくれた?」

「あ、はい。」

「じゃあすぐこっちおいで。

柿沢さんにはいつも残業してもらってるから
早く上がっても構わないから。」

「はい、地区長にも言われました。

着替えてそっちに合流します。」

私は仕方なく会に顔を出した。

マネージャーが私を営業課長に紹介してくれた。

課長は研修の時、何度か見かけたが
こうして近くで挨拶するのは初めてだった。

お疲れ様会はカラオケルームを貸し切って
みんなで飲んだり歌ったりしている。

私が来た時、シュウがマイクを握ってステージで歌っていた。

「遅くなりました。柿沢です。」

大音量で歌う部屋で大きな声を張って挨拶をした。

「あー、君が柿沢さん?

一番頑張ってるって中村地区長から聞いてるよ。」

「あ、ありがとうございます。」

挨拶を終えて私は末席に座ろうとしたが
課長は私を隣に座らせた。

課長は紳士的だったが
お酒が入ると少しだけ厄介な人だった。

左隣りに座って居たマネージャーはすっかり酔っていてそれには気が付かないみたいだ。

課長は私にお酌をさせ、
時々、手を触ったりする。

まだ40くらいでそんなにオジサンて感じの人じゃないけど…
酔うとかなりしつこそうだ。

私は対処出来ずにそのまま固まって次の歌を聴いていた。

すると突然横からシュウが私の手を取り

「柿沢さん、いっしょに歌って。」

と私を席から立たせた。

課長もノリで私を歌う様に促して
課長は私を握っていた手を離し、
代わりにシュウが私にマイクを握らせてステージに立った。

曲は高校生の頃、ものすごく流行ってよく二人で聴いてた
シュウが大好きなバンドの曲だった。

歌詞を見ないでも歌えるほどこの曲をシュウから何度も聴かされた。

この歌を歌いながら
シュウとのキスを思い出した。

"愛してるっていつも言うその唇でキスをして"
って歌詞の後にシュウがいつも私に愛してるって言ってキスをする。

私はその事を思い出して
その歌詞の後に黙ってしまった。

シュウはそんな私に気付いて私をチラッと見たが、
何事も無いようにそのまま歌い続けた。











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