彼は私の全てだった
歌が終わって私はトイレに行った。

なんだか泣きたくなって
その場にいるのが辛かったからだ。

シュウはそんな私に声もかけなかった。

しばらくトイレで気持ちを落ち着かせた。

そして気を引き締めて席に戻ろうと化粧室から出るとシュウがそこに立っていた。

「大丈夫かよ?」

「うん、少し飲み過ぎたかな。」

泣きそうな顔を見られたくなかった。

顔を伏せようとするとシュウが私の顎をクイっと上げてキスして来た。

ビックリして固まってしまった。

「なんか…酔ってんなぁ…オレ。

あの歌聴いて俺も思い出した。」

シュウの中にもまだあの時の想い出が残ってる。

「ミチル、あんな男に身体触らせるな。」

そう言ってシュウはその場から立ち去った。

ミチルって呼ぶ声が懐かしかった。

私は一瞬だけあの頃のシュウを見た。

でも席に戻ってシュウをもう一度見ると
シュウはわざと私と目を合わせないようにしてた。

私はあの時、シュウに何があったのか
ますます知りたくなった。

帰りはタクシーにシュウと彩未と3人で乗って
まるで会社の寮みたいなマンションに帰った。

シュウは前の席に座って
私と彩未が後ろの座席に座った。

「柿沢さん、案外歌上手いんだね。
あの歌ってさ、高校生の頃やたら流行ったよね?」

何にも知らない彩未があの歌を口ずさむ。

前の席に座ってるシュウの顔は見えないけれど…

きっとシュウも思い出してる。

あの頃じゃなくてさっきのあの衝動的なキスを…



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