彼は私の全てだった
しばらく泣いて泣き止んだ私の顔を見て
中村さんは微笑んだ。

左頬だけにエクボが出来る事に初めて気がついた。

「大丈夫?」

「はい、すいません。」

「それで…小泉くんと何があったの?

もしかして…言いにくいんだけど…恋愛系の話かな?」

「恋愛なんかじゃないです。」

「そうか…それならいいんだ。」

どういう意味なのかよくわからなかったから
何もリアクションできなかった。

「異動のことはもう少し考えてみよう。

とりあえずマネージャーと3人で話そう。」

「はい。」

それから中村さんは一生懸命私を笑わせようと面白い話を探しては話してくれた。

中村さんと話すと心が軽くなった。

「もうこんな時間だね。

マンションまで送ってくよ。」

「近いから大丈夫です。」

「女の子1人で歩く時間じゃないよ。」

中村さんにマンションの前まで送ってもらった。

「柿沢さん、あんまり辛いようだったらいつでも連絡してくれていいよ。」

そう言って私の頭を撫でた。

胸が高鳴って目が潤んでいく。

こんな時に優しくされると、中村さんを好きになってしまいそうだ。

中村さんを見送って部屋に入ろうとすると
いきなりシュウに羽交い締めにされた。

「中村とデートか?

こういうのまずいんじゃないの?」

私はシュウの腕を振りほどいて部屋に入るとドアを閉めようとしたが
シュウがドアが閉まらないように足を入れた。

「帰って。お願い。」

「そう言われると帰りたくなくなる。」

シュウがドアを開け、中に入って来た。

「付き合ってんの?」

「そんなんじゃない。」

「俺と寝てること知ってんの?」

私は思わずシュウの頬を叩いた。

シュウは全く動じなかった。

「ミチル…あの男と別れないとバラすぞ。」

「最低。バラしたいならバラせば?」

シュウになんか会わなきゃよかったと心底そう思う。

「アイツが好き?」

私はそれに答えなかった。

私が好きなのはシュウだった。

ずっとシュウしか好きになれなかった。

あんなに人を好きになったことはなかったのに
今のシュウはまるで別人だ。

「シュウ、何があったの?

何があって私をこんなに苦しめるの?」

堪え切れなくて泣いてしまった。

シュウは何も言わずに私にキスをした。







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